第2章その2

田村麻呂は昨夜のうちに都に早馬を送っていた

阿弖流為の口振りから必ず和議を呑むと確信していたのだ、

和議が整った事、蝦夷50人を使節団として都に連れて戻る事を帝に報告する早馬だった

大地中央に来た蝦夷達は各部族の旗印をつけた騎馬3騎づつの後ろに何やら荷物を担いだ徒士(かち)隊

4名それが7部族、先頭の阿弖流為の幟は金の房の付いた日輪の旗印だった

身なりは蝦夷の正装で、戦いの格好とは全く違った

その装束を見た田村麻呂は大和の雇兵に向かって

「和議が成った、もう戦いは終わりだ、坂ノ上軍以外は都に戻る、出立の準備をせよ!」

そう叫んだ、途端に兵達は湧いた

田村麻呂も阿弖流為も、皆戦いなどしたくなかったのだなと つくづく思った

坂ノ上軍の兵達から阿弖流為達に拍手が起こった

どんなに苦労させられた強者揃いか、坂之上軍は分かっていたのだ

いくさが続けば自分達が殺られたかもしれなかった

和議を呑んだ阿弖流為達を讃えたのだ

蝦夷も坂ノ上軍の巧みな戦法を分かっていたので、阿弖流為達蝦夷は馬から降り全員面を外し、田村麻呂の兵達に一礼した

兵達はざわついた、

皆 礼儀正しい若者ばかりで、あの戦いぶりからは

想像できない穏やかさだったのだ

「ミヤ、壺を」

阿弖流為に促され、ミヤは徒士隊から壺を受け取り

「これは傷に効く薬です、兵達の脚に塗って下さい」 

「何故脚と?」

田村麻呂は聞いた

「蝦夷は出来るだけ兵を殺さない、兵にも家族がいる、だからもう戦いに出られぬ様にする為、脚を狙えといつも阿弖流為に言われています」

とミヤが答えた

負傷兵の殆どは槍や太刀を杖代わりにしていた

「しかしわしら蝦夷も命がけ、仕方なく命を奪ってしまった事、幾たびもあった、許してくれ」

阿弖流為は兵達に頭を下げ詫びた

「コオ、猪を呼べ」

そういうとコオが指笛を吹き、山側から多くの猪が

体の両側に藤の蔓で出来た籠をつけて降りてきた

猪はコオの指笛で田村麻呂と阿弖流為の間に1列に整列した

「大和も凶作と聞いた、山の木の実をコオに採らせた、兵達の帰京迄の兵糧にしてくれ」

コオと橙隊は田村麻呂の前に籠をおき、猪達に礼を言い頭を撫でて、山に帰る様に指笛で合図した

「阿弖流為、お前達の分は?」

「持って来た」

「残った者達の分は?」

田村麻呂は心配して聞いた

「蝦夷の博士が星と風を読んだ」

阿弖流為が言うと

「これからは良い気候が続く、みんなどこで何が採れるか分かっている、いくささえ無ければ里の蝦夷達は心配ない」

リヨウが答えた

貴族お抱えの雇兵はもう殆ど退却し始め、背中を見せていた

それを見た阿弖流為は坂ノ上の幟をつけた一団に

「先ずは腹ごしらえをしよう」

そう言って大地にあぐらをかいた

蝦夷も田村麻呂の兵達も、田村麻呂までもがあぐらをかいて大地に座った

徒士隊は皆に木の実や干し肉、干した穀物等を渡し、田村麻呂の何人かの兵を誘い川に水を汲みに行った

それを見た田村麻呂は阿弖流為に聞いた

「私は大和に居た頃、蝦夷とは東の蛮族で、文字も書けない獣のような者達だと教わった、何故文書(もんじょ)を残さない、歴史も考え方も素晴らしい、残した方が良いのではないのか?」

「蝦夷は大切なものは心に残す、文字にすれば

のちのち都合の悪い者に書き換えられる恐れがある、蝦夷の神はそれもよんでいた、

だから種族を大切に育て、その精神性を必ず受け継がせるよう教えて生きている、どの時代のどの蝦夷に聞いても同じ答えになるはずだ」

田村麻呂は都の貴族に聞かせてやりたかった

やはり蝦夷達は都で何らかの役職に着かせたいものだと思った

特に阿弖流為は思慮深く、戦いにも強いが皆に優しく、分け隔てというものが全く無いと思った

「阿弖流為、私はお前と出会えた事で、自分の考えの狭さを知った、都でも親しく付き合いたいものだ」

田村麻呂がそう言うと阿弖流為も

「わしもだ、大和とは一部の者が富を得て豊かになる為、民たちを苦しめる最悪な国だと思っていた

神やお前のように民を憂う者も居ることが分かって嬉しかった、いくさが終わり、大和と蝦夷、双方が豊かで幸せになる様できると良いな」

そう言って微笑んだ


そして阿弖流為達 蝦夷と、田村麻呂達 坂ノ上軍の長い長い、波乱に満ちた旅が始まる事となる

                  つづく



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