第7章 疑惑の矛先
「刑事さん、ちょっと待ってください! 社内のカメラに影が映っていたからと言って、それを即、不審人物とするのはいかがですか?サーバールームの周辺を通るだけなら、社内の人間であれば誰にだってできますよ」
黒川は、うろたえて言った。
(黒川の保身からの発言か?部下を疑われたら自分も困るのだろうか)
影山は、黒川の発言に、わずかな希望を見出そうとした。しかし、同時に、黒川の真意を測りかねていた。
「黒川さん…、」
影山は、助けを求めるような目で、黒川を見た。
朧月は、黒川の言葉に、表情一つ変えずに答えた。
「確かに、おっしゃる通りです。社内の人間であれば、サーバールームの周辺を通ることは誰にでも可能です。しかし、…」
朧月は、そこで言葉を切り、黒川と影山を、交互に見つめた。
「…問題は、その時間帯と、その人影が、何をしていたか、です」
朧月は、再び、プロジェクターの映像を指し示した。人影はかすかに動いていた。
「映像が乱れる直前、この人影は、明らかに、サーバールームの扉の前で、何かを操作しているように見えます。…これが、一体、何を意味するのでしょうか?」
朧月の問いかけに、黒川は、一瞬、言葉に詰まった。
「そ、それは…、…たまたま何か、…落とし物を拾っていたとか…。…この映像からじゃ分からん」
黒川は、苦し紛れの言い訳を口にした。しかし、その声は、明らかに震えている。
「落とし物、ですか…」
朧月は、冷笑を浮かべた。
「…なるほど。…では、黒川さん、今度はあなたにお聞きします。…あなたは、昨夜、どこで何をしていましたか?」
朧月の質問は、黒川に向けられた。影山は、一瞬、安堵の息を漏らした。
(…矛先が、黒川に向いた…)
しかし、すぐに、影山は、新たな不安に襲われた。
(…もし、黒川が、昨夜のことを正直に話したら…? …俺が昨日、残業をしていたことを黒川は知っている…)
(いや…大丈夫だ。朧月がどんなに疑おうと、システムダウンを俺と結びつけることはできない。)
黒川は、朧月の質問に、明らかに動揺した様子を見せた。
「わ、私は…、…昨夜は…、…自宅に…」
しかし、その言葉は、最後まで続かなかった。
「…自宅に、いたんですか? …本当ですね?」
朧月は、黒川の目を、じっと見つめた。その視線は、まるで、嘘を見抜こうとしているかのようだ。
「…本当です。昨日は終業時刻と同時に帰宅しました…。」
黒川は口を開いた。
「まぁ、いいでしょう。この建物の入館記録を調べれば、昨夜、誰がこの建物に残っていたかはすぐに分かります。」
朧月は事も無げに言った。
影山はたまらず言った。
「刑事さん…。ちょっといいですか?監視カメラに不審な影が映っている。そして、その影は何かをしているように見える…。そこまではまぁいいとします。
しかし、だからと言って今回のシステムダウンが、その人物によって引き起こされたというのは、強引じゃないですか…?
…私は、今回のシステムダウンは外部からの攻撃によって引き起こされたもので間違いないと思っています。それは、各種のログからも明らかです。」
事実、それが影山にとっての防衛ラインだった。
どこまで疑われようと、影山とシステムダウンを結びつけることはできない。
仮に、監視カメラの映像の人物が影山自身だと判明したところで、影山とシステムダウンを結びつけることができなければ、いくらでも言い逃れはできる。
「…何度も言いますが、まずは、外部からの侵入経路や、攻撃者の特定を優先すべきではないですか?」
影山は、冷静を装って答えた。
ここで、朧月の鼻をへし折っておきたかった。
朧月がこれ以上、内部への疑いを深める前に、外部からの攻撃という方向に持っていき、
全てを闇に葬る必要があった。
朧月は、煎餅を食べる手を止めた。
「影山さん。あなたはログが外部からの攻撃を示していると言うが、そのログ自体が改ざんされている可能性はないと言えますか?
あなた方は、システム管理者権限を持っている。ログを書き換えることは、あなた方にとって容易なはずです。
それに、外部からの攻撃であれば、通常はもっと痕跡が残るはずです。ファイアウォールのログ、侵入検知システムのログなど…。それらのログは他のログと整合性が取れているのですか?」
朧月は一気に言った。
「…刑事さん。あくまで内部の犯行にこだわるのですね…。確かに我々は管理者権限を持っています。しかし、どうして我々がそんな危険をおかしてまでログの改ざんを?」
「理由ですか…現状では分かりません。それは今後の捜査で明らかにしていく必要があります。しかし、影山さん…」
朧月は、そこで言葉を切り、影山を射抜くような視線で続けた。
「動機が不明だからといって、目の前にある不自然な状況から目を背けるわけにはいきません。不審な人影、細工された監視カメラの映像、ログの改ざんの可能性…。これらは、単なる偶然と片付けるには、あまりにも出来すぎています。」
朧月の言葉は、静かだが、有無を言わせぬ迫力があった。影山は、喉が渇くのを感じた。
その時、青山が口を開いた。
「朧月さん、システムログの深層解析で、新たな痕跡を発見しました」
青山は、手元のノートパソコンの画面を朧月に示しながら報告する。会議室の全員の視線が、再び青山に集まった。
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