第6章 刑事の心理戦
朧月は、ポケットから煎餅を取り出すと、ポリポリと音を立てて食べ始めた。その目は、まるで獲物を狙う鷹のように、鋭く、そして、冷静に、社員たちの反応を観察している…。
「…気になることというのは以上です。それで、これから、皆さんに、いくつか質問をさせていただきます」
青山は、手元のノートパソコンに何かを打ち込んでいる。その指は、素早く、正確にキーボードを叩いていた。
朧月は、言葉を続けた。
「皆さんにお聞きしますが、…最近、社内で、何か不審な人物を見かけたり、不審な出来事に遭遇したりしたことはありませんか? どんな些細なことでも構いません。もしあれば、情報提供をお願いします」
朧月の問いかけに、会議室は、再び、静まり返った。
「…どなたも不審な人物や出来事を見ていないんですか?…おかしいですね、明らかに監視カメラに不審な人影が映りこんでいるのに…」
朧月は、ゆっくりと室内を見回した。その視線は、一人一人の社員の顔を、じっくりと観察しているようだった。
「…皆さん、私に何か隠していませんか? …知っていることを話すことが、あなた方のためにも、会社のためにもなる、ということを忘れないでください」
朧月は、そう言うと、再び、煎餅を一口かじった。
「分かりました。では質問を変えましょう…。最近、社内で変わったことはありませんでしたか?誰かが誰かとトラブルになったり、揉めごとを起こしたりしたことは?」
会議室は、再び、静まり返った。社員たちは、互いに顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべている。
「何かあったかな…?」「いや、特に…」
小さな声で、そんな言葉が交わされる。
最初にシステムダウンに気づいた女性社員は、顔を青ざめ、指先をいじりながら、下を向いている。
(これじゃ、まるで内部の誰かを犯人だと決めつけているようだ…)
「…刑事さん、先ほどからのお話、少し気になります。これじゃまるで、システムダウンは内部に犯人がいると言っているようだ。」
影山は、平静を装いながらも、わずかに挑戦的な口調で言った。
「…ログの解析結果からも、外部からの攻撃があったということは明らかです。まずは、外部からの侵入経路や、攻撃者の特定を優先すべきじゃないですか?」
朧月は、影山をじっと見つめた。その目は、感情を読み取らせない。
「…なるほど。それもそうですね。…しかし、先ほども申し上げた通り、監視カメラに不審な人影が映っています。…もし、外部からの攻撃だとしたら、なぜ、監視カメラにこのような不審な人物の映像が残っているのでしょうか?」
(これは、挑発だ…)
影山は、慎重に反論した。
「…それは、監視カメラのシステムには、いくつかの盲点があります。特定の角度や、光の加減によっては、人影のように見えるノイズが発生することがあります。そのようなノイズじゃないですか?専門家に見てもらえば、すぐにわかるはずです。」
影山は、そう言ってシラを切るつもりだった。
「ノイズですか。確かに映像は荒いですからね。青山くん、今のメモっておいて」
朧月は、そこで言葉を切り、数秒間、何も言わずに影山を見つめた。
「それと青山くん、この監視カメラのメーカーと型番、過去の故障履歴、メンテナンス記録を至急調べてくれ。」
「了解です。」
青山は、手早くノートパソコンに情報を打ち込み始めた。その指は、キーボードの上を、まるで踊るように滑らかに動く。
朧月は、再び影山に視線を戻した。
「影山さん、…他に、何か、心当たりは? …例えば、最近、会社内でなにかいつもと違う状況を見かけたりということはありませんでしたか?」
朧月は、言葉を選びながら、ゆっくりと言った。
影山は、内心の焦りを隠しながら、精一杯の平静を装って答えた。
「…いえ、…特に、思い当たることは…」
しかし、 影山の脳裏には、昨夜の出来事が、鮮明に蘇る。
サーバールームの冷たい空気、キーボードを叩く指先の震え、そして、エラーメッセージが表示された時の、あの絶望感…。
(…絶対に、バレるわけにはいかない…)
影山は、固く決意した。しかし、その決意とは裏腹に、彼の心臓は、激しく鼓動していた。
朧月は、そんな影山の様子を、じっと観察しているようだった。
「…そうですか。…では、あともう一つだけ。…影山さん、あなたは、昨夜、どこで何をしていましたか?」
朧月の質問は、静かだが、重く、会議室に響き渡った。
社員たちは、皆、息を呑んで、影山の答えを待っている。 影山は、一瞬、言葉に詰まった。
(…昨夜…? 作業の痕跡を消すだけで十分だと思い、アリバイ作りまでは頭が回っていなかった。もはや、朧月は自分を含めた部内の人間を疑っているのは確実なようだ。 …どうする? …どうやって、切り抜ける…?)
影山は、必死に頭を回転させた。何か、言い訳を考えなければ…
その時、会議室のドアが、勢いよく開かれた。
「失礼します」
そこに立っていたのは、上司の黒川だった。 黒川は、息を切らし、額には汗が滲んでいる。その表情は、明らかに動揺していた
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