第6話 シュルシュタット・砦
それから数日、街は警戒しつつも平穏だった。
マンティコアの姿をみたという目撃情報は森の中で散見されたものの、結局出没場所が特定できないまま、該当マンティコアかどうかも確認できないという状態が続いている。
しかしながら、街では対応策が次々と出されている。
まずは逃げること、領兵や警備隊に知らせること。身の安全を図ること。
一般市民には、万一の時に備えて災害時の対応を即座に取れるように準備すること、一人では行動しないこと、街の外に出るときは警戒すること、むやみに森に入らないこと。
冒険者たちは自分の実力以上の深度には立ち入らないこと。
などなど。
森と共に共生している街の人たちにとっては当たり前のことだが、初めて街に来た商隊などは少し面食らっていた。
「いやぁ、びっくりしたよ。ここまでとは思ってもみなかった」
ジオリールはアルトと握手を交わした。なかなかの剣の使い手だ、と感心した。
久しぶりに砦に顔を見せてみれば、「メーカーズ」の面々が砦の兵士たちと手合わせをしていた。そこに乗っかったのがジオリールである。
「こちらこそ。久しぶりに楽しかったです」
片方では、サックスとジョージ隊長がまだ剣を交えている。この二人はいつものじゃれあいで、砦の隊員たちもやんやとはやし立てている。
武具の手入れのために定期的に出入りする職人ギルドの面々の護衛についてきているとかで、砦の兵士たちと顔見知りらしい。
「じゃぁ次、アッシュとディーノ」
呼ばれたディーノは前に出た。相手のアッシュ・ウルフォックはジオリールとチームを組む魔法剣士で、模擬剣を使っての腕試しとなる。
「本当に良いのか? 君は魔術師だろう?」
「そうなんですけどね、一応剣の腕も磨いておかないとウチのリーダーがうるさくて。よろしくお願いします」
ディーノはそう言って模擬剣を手に取った。
結果は、意外にも互角だった。
アッシュは手加減するつもりはなかった。女性だし、体力も続かないだろうからと長期戦に持ち込むつもりでいた。なのに、挑発されてつい本気を出したところで懐にどんと食らった。即座に離れたものの、完敗だった。
「アッシュ!」
ジオリールも同じチームのブロウ・ウルフォックもその一撃が決まった時、思わず声を上げてしまっていた。
「抜かれた? 俺が?」
「時々右足で踏み込むときに、左ががら空きになるときがあるから。わずかだけどね」
それは、従来からジオリールやブロウから指摘されてきた悪癖だった。
「自分で矯正しようという意識があるから、余計に目立つ。まぁ、実践だと気にならないと思いますけど。そもそも魔法剣士だし」
「いや、数発の立ち合いでそれを見抜く君の方が凄い」
「万全の態勢だったら危なかったかも、です。右足、怪我がひどかったんですか?」
これにも驚いた。数週間前だが、右足首にかなりひどい捻挫を負った。その時にかばって歩く癖がついて、剣技にも影響が出ていると指摘されたのは数日前だ。もう少し治癒してからの方が良いと。
「完敗だよ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
アッシュはディーノと握手した。
「じゃぁ、次は俺と」
「嫌です」
ジオリールの申し出に、ディーノは即答した。
「何で? つれないなぁ」
「おふざけする気満々ですよね、殿下」
「どうしてわかっちゃうかなぁ」
漫才みたいな二人の前でアッシュは小さくうなづく。
「とにかく、砦詰めになっても大丈夫な実力があることはわかりました。……ん?」
「殿下、王都から急使が来ています。お戻りください」
執行官付きの伝令係が息を切らせながらそう伝えてきた。
「わかった、すぐにいく。じゃぁな、コネコちゃん」
「殿下、悪い癖出さないでください!」
ブロウに文句を言われながらジオリールはディーノに手を振った。それに対して、ディーノは臣下の礼を取って答えた。
王都からの急使は執政館で待っているので、三人は急いで執政館に戻る。
「どう思う?」
「メーカーズは信用に足るチームだと思いましたが、問題でも?」
アッシュが即答した。
「コネコちゃん、ディーノの方ですか、気になるのは」
「ああ。記憶喪失の女性を保護した。紋章を頼りに本人の名前と生年月日がわかった。ギルドに届け出て、ここに住んでいる。いま現在記憶は戻っていない。最初に手当てした医者は、記憶が戻るかどうかはわからない、と言われたと」
「ええ、スタイン王国のシュルツ領の医者の証言もあります。記録によれば、領内で大規模な水害があって、村のふたつ、街の一つが土石流に飲まれて大変な被害が出たということです。もちろん、避難して助かった人たちもたくさんいますが、彼女が保護されたときは手足に傷を負って、泥だらけで保護されたと記録にあります」
「それは、ギルドの報告か?」
「ギルド経由で報告が上がっていますが、実際の記録はシュルツ領の被災者記録のようですよ。被災者テントに収容されたようですが、ひどく衰弱してしまっていて、医者は転地療養をすすめたものの、受け入れができない状態だったので彼女の保護に関わったメーカーズに託したと。そのあとはギルドで冒険者登録して、フォルモードに入国し、療養した後、冒険者として活躍していますね」
「ブロウ、影を動かして、もう一度彼女の身元を洗ってくれ」
「何か不審な点でも?」
「ひとめぼれした。彼女と結婚したい」
「はあああああ?」
二人からは特大級の声が上がった。
「これから全力で口説く。決めた」
「しんっじられない!」
アッシュが悪態をついた。
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