第5話 シュルシュタット・ジョージ隊長の報告


「リザードの話は、誓って、事実であることをお話します」

 そう口火を切ったのはジョージである。

「半年ほど前、新兵教育を兼ねて魔の森の中のヤクーの谷の調査に入ったんです。浅層ですし、事前の情報でも新兵教育には危険性はあまりないということだったので。でも、実際に行ってみれば三人の冒険者たちが大騒ぎしていて、そいつらの一人がリザードに襲われているところでした。シェラとディーノが素材採取でそこにいて、シェラがガードしている間にディーノは二人の冒険者を大岩の上に誘導している最中でした」

「ああ、あの三バカトリオね」

 シェラがそう言った。

「俺たちが到着した時には、ソロで岩場の上にいた別の冒険者が協力してくれて、三人組のうちの一人は引き上げたんですが……。知っての通り、リザードは危険を察知すれば仲間を呼ぶ習性があるのでたちまち20匹以上になってしまって」

 魔物の討伐に関しては一匹討伐するには、一人ならBランク、とか、複数で討伐するなら何ランク、といった目安が決められている。リザードは体の大きさが2メートル程度あるのも関わらず、俊敏な動きで攻撃を仕掛けてくるので単体ならCランク以上の冒険者が複数で、複数のリザードが相手ならBランク以上の冒険者が複数で対応するのが目安だとギルドでは大まかな指標を掲げている。

 それが20匹以上となれば、災害級である。

「熟練度からしてこの数の討伐は無理だと判断してディーノたちの脱出サポートに回ろうとしたら引き上げた冒険者がパニックになって大騒ぎするわ、避難しようとした二人は途中で落ちてしまうわで、結局谷底にシェラとディーノと二人の冒険者を残してしまったんです」

 伯爵は驚嘆した。ヤクーの谷は地形的に、岩がごつごつしていて、ほかに肉食魔物が潜んでいることが多い。岩が積みあがった形状をしているが、一つの岩が大きいので足場はない。しかもほぼ垂直に切り立ったような谷なので逃げ場はない。

 絶望的な状況ともいえる中で、しかし当の本人たちは生きているし笑っている。

「ディーノがファイアーストームで谷にいる魔物をせん滅したんです」

「は? ディーノが使えるのは結界魔法と風魔法……ファイアーストームは複合魔法でAランク……」

 ジオリールの手元のギルドの登録書には、結界魔法と風魔法の使い手だと登録されている。ランクはどちらもCランクだ。火魔法が使えるとは記載されていない。

「まぁ、つまり、尻尾まで真っ黒にしちゃって討伐証明できなかったんですよ」

 シェラが詮索してくれるな、とばかりに話を端折った。これはまだまだ出てきそうだな、とジオリールとラウドは顔を見合わせる。

「そういうわけで、私の推薦で砦に優先配属、というのはできませんか? 魔物討伐の経験も知恵も借りたいと思っています」

 そこで突っ込まないジョージ隊長も何か知っているということか、と落ち着く。つまり、公式ランク以上の実力があり、砦に配属しても問題ないほど領兵とも面識があるということだ。

「砦でトラブルを起こされては困る。推薦となると、その責任は隊長である君が取ることになるが?」

「大丈夫です。彼らは至って真面目な冒険者だし」

 ジョージが太鼓判を押した。

「じゃぁ、今回の瘴気を吐くマンティコアの見解を聞きたい。一部の者は新種のマンティコアだと推測しているんだが」

「それについては、私たちはもっと違った見解をしています」

 シェラはそう言った。

「マンティコアは物理攻撃に特化した魔物です。体の中に魔力を貯める魔力袋も、体内に蓄蔵する魔石も小さなもので、瘴気を扱えるほどの魔力は体の造上、難しいと思っています……」

 アルトの言葉は、従来のマンティコアの説明じゃないか、と皆が思った。

「でも、なんです。マンティコアは他の魔物と違って、人間を襲うと装備の防具や武器まで食べるんですよね。大喰いで、胃袋がめちゃくちゃ大きいから」

「ああ、そうだな。それは知識として知っている」

 ジオリールがシェラに同意した。

「ここ2週間ほど、マンティコアの目撃情報があった前後からギルドで張りっぱなしの仕事依頼書があるんですけどね」

 本題を持ち出したのはアルトだ。

 王都から来た、瘴気の研究をしている学術隊がこの付近で行方不明になっている、情報提供を求むという依頼だ。複数のBクラス冒険者を護衛に付けた学術隊一行8名が忽然と姿を消したという。彼らは各地の瘴気の研究をしていて、瘴気の採取や分析するということをやっているらしい。

 アルトはその話もした。

「彼らの装備の中に、最新型の瘴気タンクがあった。小型でかなりの量の瘴気をストックできるし、排出すれば武器にもなる仕様。しかも魔力に反応するタイプだからマンティコアの魔力に反応してもおかしくない。それから、冒険者の中に認知阻害の魔道具を使用していた者がいたのも気になります」

 ディーノはそう言った。

 眩暈がしそうな内容だった。マンティコアは魔物の中でも頭が良い。他の生物を食らうことでその魔力を自分の魔力に返還したり、使えなかった魔法を使えるようになったりする個体も多々あるのだ。最新型は単純な構造だから瘴気タンクを武器として扱える可能性もある。

 おまけに認知阻害の魔道具の存在も。

「じゃぁそれは要注意案件として共有しよう。リウム、手配を。司令官は引き続き警戒をしてくれ。目撃情報と斥候の情報を集約して現在地の把握を強化しよう」

「わかりました」

「君たちの情報が役に立った、ありがとう」

 ジオリールはそう言った。

「さて、ちょっと堅苦しい話になるんだが、俺は領主として、領民ができるだけ穏やかに暮らせることが一番、というのかな。安全で安心して暮らせる領地にしたいと思っている。ただ、この土地は魔物の森に隣接している。だから万一の時には領兵や警備隊でだけで対処しきれないこともある。場合によっては冒険者たちの力を借りることもあるし、領民たちの協力を仰いだこともある。領民に等しく自分たちの役割を果たしてほしいと思っているし、実際、その役割を課している。居を構える冒険者も同じだ。リウム・ガルトからもその確認は入っただろうし、君たちはそれに同意もしていると認識しているが、変わりないかい?」

「はい。俺たちも伯爵からその話を聞いています。できるだけのことはしたいと思っています」

「そうか、ありがとう」

 ジオリールは破顔した。

「じゃぁ、今日はこれで終了だよ。ああ、ディーノ、で良いのか? ギルドの申し送り書では記憶喪失という文字があったんだが、その後、記憶は戻ったのかい? こまったことになっていないかい?」

「記憶は戻っていませんが、生活に支障はないのでもうこれで良いと思っています」

「そうか、うん、わかった」

 ジオリールはうなずいた。

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