1.1.1.1 メカゴリラ爆裂王はクソ強い

 赤茶けた大地は、千年前に惑星全体を文字通り真紅に染め上げたと言われる〈全球戦争〉の陰惨な伝説を、嫌でも呼び覚ます。 その大地に、まるで外科手術のメスで切り開かれたかのような、巨大で精密な発掘ピットが口を開けていた。垂直に切り立った壁面には、全球戦争時代の黒い灰の層が、千年分の地層と不気味な縞模様を描いている。その広大な傷跡の近くに、白い仮設テントがぽつんと張られていた。入り口には、〈ルーロード家による連合帝国〉の国章にしてルーロード家の家紋――再生と永い雌伏の象徴とされる、一匹の黄金の蝉を象った紋章旗が、弱々しい風に揺れている。

 テントの中を、この星に特有の赤い砂埃の匂いの代わりに、机の上に積み上げられた千年物の紙が放つ乾いた香り、そして稼働し続ける除湿機の熱気が満たしている。入り口は外部の汚染された大気を遮断するためのエアゲートになっており、内部に入る者はまず強力なエアシャワーで全身の砂埃を吹き飛ばされるようになっていた。その奥の作業テーブルの上では、上方から吹き付けるエアカーテンが目に見えない清浄な壁を作り出し、貴重な資料を保護している。その清浄な空間内で、帝室博物館の博士課程の学生たちが、静かに、しかし迅速に作業を進めている。スキャナ・ドローンで文書の三次元モデルを記録し、さらに不活性ガスが充填されたチャンバーの中で、学生たちが分子安定化ミストを慎重に噴射していく。誰もが、国家の威信をかけたこのプロジェクトの一員であることに、誇りと緊張感を滲ませていた。

 その中で、少女が一人、深い溜息をついていた。作業着の上から羽織った、少し着古した白衣がその華奢な身体には大きすぎる。さらにまた、周りの学生たちに比してあまりに若かったので、一際、小柄に見えた。その無造作に切り揃えられた黒髪の下、大きな灰色の瞳だけが、この場の熱狂とは無縁の、冷めた光を宿している。彼女はチャンバーの中に静電ピンセットをそっと置くと、誰に断るでもなくグローブを外して立ち上がり、チャンバーの前から離れた。そして、気密ドアを抜け、エアゲートがテント外へ追い出している不純物とともに一人で外へ出ていってしまう。

 テントの外では、巨大なクレーンが唸りを上げ、帝国軍の兵士たちが厳重な警備体制を敷いていた。彼らが身に纏うのは、分厚い環境スーツの上に複合素材の装甲プレートを重ねた物々しい装甲服。フルフェイスのヘルメットには外部接続の通信ケーブルが走り、手にしているのは帝国制式の95式突撃銃。薬莢の出ないケースレス弾薬を使用するブルパップ式の設計で、砂塵を防ぐための蛇腹状のカバーが機関部を覆っているのが特徴的だった。この星の殆どが赤い砂漠に覆われているのだから、それは絶対に必要な特徴だった。そして肩のプレートには、他の全てと同じく、しかし大きく黄金の蝉の紋章が刻印されていた。その全ては、ピットの中に鎮座する、一つの巨大な玩具のために動いている。

――《メカゴリラ爆裂王》。

 その名は、分厚い胸部の装甲に、巨大な文字列として誇らしげに刻み込まれている。黒鉄の巨体は、千年前に生息したという霊長類を模したのか、太く逞しい四肢と、世を倦んでいるような、悲観主義者の趣すらある表情の頭部を持つ。その胸の文字列だけが、まるで美しい彫像に落書きされたかのように、悪趣味で、異質な雰囲気を放っていた。

 メカゴリラ爆裂王は、全球戦争という人類史的悲劇の中で、戦争当事国の他に国際社会の重要な要素として文献やその他の遺物にたびたび登場する集団〈太陽の所有者〉が作ったとされる機械だ。

 機体そのものは、継ぎ目一つ見当たらない、千年を経ても輝きを失わない完璧な金属細工だ。帝国の最新技術をもってしても傷一つつけられないその超硬合金に、どうやって「メカゴリラ爆裂王」という文字を刻んだのか、それは、この機械の製造法や製造した〈太陽の所有者〉とともに、大きな謎として現代に残された。しかも、それは失われた言語、〈日本語〉で書かれている。

 日本語の解読は決して楽な作業ではなかった。

 とにかく日本国というものがかつて存在したことはわかってはいたが、そこは今では誰も寄り付かない暗黒弓状列島となっている。全球戦争の主要な戦場の一つで、二つの超大国がそこで保有するほぼ半分にあたる量の熱核兵器を戦術的に利用したからと言われている。それゆえ、日本語の解読は今でも難航しており、メカゴリラ爆裂王という文字列が〈ミカ・ゴリヤ・バクレット・ワン〉と読むというコンセンサスが形成されるのにも、かなりの時間を要した。その過程で、文字通り、比喩ではなく、死人まで出したのだ。時の皇帝に、千年前、まだ人類が80億人から100億人もこの星にいた頃の科学力で作られた兵器を献上するためには、名前がなくてはならなかったからだ。

 読み方ですらまだ異説が提起されているのだから、意味となると、目も当てられない状況だった。

 帝国では、この星の他の国々――「休戦」状態の〈自由都市共同体〉をすら含む――と同様に、チャイメリカンが主に使われている。チャイメリカンは、一説では、全球戦争を戦った二つの超大国の言語が長すぎる戦争の過程で混ざり合い誕生した言語と言われている。学者たちはこのチャイメリカンの源流、いわゆる古代中国語に象形文字が存在することを知っていた。そして、不思議なことに、その象形文字は、日本語にも確認できた。

 ここからまず「爆裂王」の解読が始まった。三文字のうち、最も意味が明確なのは「王」であり、この文字は千年経っても支配者の称号として使われている例があった。これが解釈の基点となった。次に「爆」と「裂」。文字通りに解釈すれば「爆発して裂ける王」となるが、学者たちはその野蛮な意味を退けた。「これほど完璧な機械を作ることのできる者たちが、下品な名前を採用するはずがない」というのが、その理由だった。彼らは、優れた文明は言葉を詩的に使うものだと考え、「爆」を「力の奔流、創造の爆発」、「裂」を「空間をも超越する力」という、より高尚なメタファーへと昇華させた。

 この「力強い王」というイメージが固まった上で、意味不明な音の羅列である「メカゴリラ」の分析に移った。「メカニャンコ確変王」「メカワンコ特殊景品王」など、各地で見つかる他の遺産の例から、まず「メカ」が何らかの接頭辞であることは確定した。古代英語の「Mechanical」の短縮形という説もあったが、あまりに安直で「神聖さに欠ける」として主流にはならなかった。有力視されたのは、古代英語が取り込んだ超古代ギリシャ語の「Mega」の音写という説だ。超科学力を持つ〈太陽の所有者〉が、古典的な言語の響きを名前に取り入れるのは、極めて合理的だと考えられたからだ。そして兵器の形状から、「ゴリラ」はその対象となる生物、すなわち人間が属する「霊長類」の名詞であると推定した。

 最後に、これら全てを「太陽の所有者は崇高である」という前提で濾過し、組み合わせた結果、「偉大なる霊長にして、創造の奔流を以て統べる王」という壮麗な公式解釈が完成した。そのためメカゴリラ爆裂王は、一般には「リンヂャン・キング」、すなわち霊長類王と呼ばれている。まるで名札のように「メカゴリラ爆裂王」と胸に彫り込まれたふざけた機械はこうして、『霊長類王』となった。

 しかし、少女は古代日本語を専門にしてはいないとは言え、その説明には拭いがたい違和感があった。

 太陽の所有者は、本当にそんなに美的センスのある連中だったのだろうか? この惑星を文字通り真紅に染め上げた、あの全球戦争を傍観した連中が? いや、むしろ、今で言う武器商人のように、このような機械を作って、全球戦争の当事国に売っていたという可能性はないだろうか?

 そして何より、太陽の所有者について人々が語る時、優れた科学力は高い倫理性の担保になるということを不当前提しているのではないか?

 少女が、魔法と区別がつかないほど高い科学力の産物である玩具と、それを神聖視する大人たちの営みを見つめていると、背後から心配そうな声がかけられた。一度考えごとを始めると周囲のことを無視して思考に集中する悪癖とも習慣とも言い難いものが、彼女にはあった。

「リア、ここにいたのか」

 少女、リア・アークライトは振り返って応えた。

「先生、どうして?」

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