星渡アーカイブ庭園: わたしと皇帝陛下とメカゴリラ爆裂王
他律神経
1.0.1 ウェン・マンハイム博士
ウェン・マンハイム博士は生前、自らの個人史を殆ど開示しなかったことで知られている。それゆえ、多くの哲学者や思想家が伝記を書かれ、そのノートの欄外のメモまで参照され、引用されているのに対して、今日でも博士の伝記は一つも刊行されていない。博士は弟子たちに、私の人生に、後世が学ぶべき体系的な意味など存在しない、誰かが私の人生に興味を持つとすれば私の論文執筆能力が未熟であるということの証明だろうと繰り返していたと伝えられる。
以下の文章は、彼の数少ないインタビュー記録から、いわゆる全球戦争すなわち第三次世界大戦について語った部分の、極めて貴重な抜粋である。
インタビュアー:――では博士、もし差し支えなければ、あの戦争についてお聞かせいただけますか。
ウェン・マンハイム博士:(少し間を置いて)全球戦争、ですか。トラディショナルな社会学風に言えば、あれはテクノロジーの非対称性が生んだ、後期資本主義の最終段階におけるリソース戦争、とでも言いましょうか。あるいはシステム論的に見れば……
インタビュアー:――我々は多忙な博士に講義を繰り返させるために来たのではありません。我々がお聞きしたいのは、あなたご自身の……、個人的な体験です。
ウェン・マンハイム博士:(博士はしばらく沈黙し、苛立ちとも諦めともつかない表情でインタビュアーを一瞥した。そして、まるで夢と現実の境界が曖昧になるかのように、ゆっくりと語り始めた)……空は、いつも死んだ虫の翅のような色をしていましたね。ソレイナの粒子が満ちていた。あれは太陽光透過率制御のために開発されたというのは、ご存知ですか? ソレイナは雨のように降るのに、決して地上には届かない。ただ、機械仕掛けの虫の羽音にも似た静寂で、世界を覆っている。時折、その粒子の帳の向こうを、巨大な影が横切っていくのが見えました。山が歩いているのかと錯覚するほどの、鉄のシルエットです。それが我々の兵器なのか、敵のそれなのか、塹壕の中にいたまだ少年だった私には、どうでもいいことでした。泥と、鉄錆と、すぐ隣で息をする友人の体温だけが、私の世界のすべてでしたから。すぐ近くの塹壕で、男が叫びました。祈りとも、呪いともつかない、ただ甲高いだけの絶叫でした。叫びながら、彼は泥の縁を乗り越えて、外へ飛び出したのです。一瞬の後、男がいた空間が、音もなく白く発光しました。光が消えた時、男は蒸発し、蒸発ですよ、ええ、その絶叫だけが、粒子の群れの中で反響し、残っていました。上官が怒鳴る声が聞こえましたね。「逃げようなんて思うな、お前ら! 前だけ見てろ!」と。その声もまた、鉄の山が大地を踏む、遠い地響きのように、どこか現実感がありませんでした。隣で、友人が呟きました。
「気持ちはわかるがな」
「気持ち? 狂人の?」と私は応えました。
「逃げたいって気持ちさ。ここではないどこかに行きたいという気持ち」
「どこに逃げる?」
「オーストラリア」
「一昨日から戦場だぞ」
「日本」
「いいかもしれない。白兵戦はあまりないらしいからな。熱核兵器が雨のように降ってるらしいけど」
「北極」
「昨年、消滅しただろ」
「じゃあ南極か」
「上陸工作戦が始まったばかりだから、まだ平和かもな」
「恋人の胸の中」
「それがいい」
彼は、少しだけ笑いました。その表情が消えるのと、世界が再び白く塗りつぶされるのは、全くの同時でした。塹壕そのものが、ごっそりと抉り取られていました。さっき言った、塹壕から飛び出した男が蒸発したように、今度は塹壕そのものが蒸発して、消滅したんです。熱風が頬を撫で、遅れてやってきた爆音が鼓膜を叩く。そして私だけが、生きていました。自分に照準を合わせたまま静止している、巨大なビーム兵器を見ました。粒子のヴェールの向こう側、砲身の内部に光があって、それは砲門の形状にあわせて円形に見えました。その光の円の中心から、直接脳に響くような、声を、聞きました。
「何故、社会は存在しないのではなく、存在するのか?」
インタビュアー:――ではその「声」が、博士の、その後の研究テーマになったと?
ウェン・マンハイム博士:……質問は一つだけだと言ったはずだ。出ていけ。
引用元: ――A-lan Wo-shi (bian) / Jin Roulode (yi), The Global War Oral Archive: The Silent Generation, (Didu Daxue Press, 2172), pp. 112-114.
Teihon: Alan Walsh, ed., The Global War Oral Archive: The Silent Generation (Orbital University Press, 2103).
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