第14話: 潮のゆくえ(湘南編 中編)−鎌倉∶記憶の輪郭−
江ノ電の車両は、どこか懐かしさを感じさせる佇まいだった。
鎌倉駅を出て、すぐに住宅の間を縫うように走り、やがて車窓の向こうに海が広がった。由比ヶ浜、そして七里ヶ浜へと続くその眺めは、どこか遠い記憶を揺さぶるものがあった。
江ノ電が七里ヶ浜のあたりへ差しかかる。 窓の外には、淡い光をまとった海と、寄せては返す小さな波。 サーフボードを抱えた若者が防波堤を歩いていくのが見えた。
その風景に、慶彦はふと目を細めた。
──どこかで、見たことがある。
神戸。 須磨の海沿いを走る、山陽電鉄。
あのときの車窓に映っていたのも、こんな海だった。 そう、塩屋駅の手前、あのゆるやかなカーブ。
あの頃、自分は何を考えていたのだろう。 今と何が違っていたのか。
──いや、違いなどない。
ただ、風景だけが時間を越えて、似た顔をしてこちらを見返してくる。
慶彦は、少しだけ窓に背を向け、席に背を預けた。
鎌倉の街は、季節の中で少しだけ深呼吸をしているようだった。 観光客が行き交う小町通りを抜けると、静かな住宅街が続く。 その先に、古い木造の一軒家を改装したカフェがあった。
香月から紹介された撮影スポットのひとつ。 白壁と木の質感が心地よく、庭先には大きな向日葵が、少し風に揺れていた。
この場所での撮影には、モデルではなく、風景を切り取る意図がある。
人の気配はあるが、主役ではない。どこかで誰かが生きていたことを想起させる静けさ。
その感覚が、慶彦には心地よかった。
日が傾き始めた頃、撮影を終えて再び駅へと向かう途中、 ふと、香月からのメッセージが届いた。
《写真、楽しみにしています。鎌倉の光は、東京とは随分と違いますよね》
短い文面だったが、その文末の余白が、随分と柔らかく思えた。
慶彦は「また何枚か、送ります」とだけ返し、スマホをポケットに戻した。
そのまま、暮れなずむ空を見上げながら、再び江ノ電に乗り込んだ。
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