第13話: 潮のゆくえ(湘南編 前編)−葉山∶風を撮る場所−

京急の駅を降りて、葉山の海へ向かうバスに揺られた。


エアコンの効いた車内。


窓の外には、夏の終わりを知らせる強すぎない陽射しと、潮の匂いが混じる空気が流れていた。


慶彦は、言葉もなく座っていた。


観光客の姿もまばらな平日、浜辺の空気はどこかゆるやかで、まるで時間が数拍遅れて流れているようだった。


葉山のヨットハーバーに着くと、帆をたたんだ船がいくつも並び、港は静かに呼吸していた。


香月との打ち合わせで、葉山のこの港が候補に挙がったのは、「静かな服」を撮れる場所が必要だったからだった。


「人に着せない、服の写真が撮りたい」


そんな言葉が、ふと頭をよぎる。


夏の終わり、誰もいない砂浜に置かれた白いシャツ。


風が通り抜けるたびに、服がまるで眠っているように揺れる。


慶彦は三脚を立て、ファインダーを覗いた。


余計なものは要らない。

ただ、服と海と、風の音。


構図に迷いはなかった。むしろ、被写体が“撮られたがっている”ようにさえ思えた。


午後、光が傾きはじめた頃、マリーナのカフェで休憩をとった。


潮風が吹き抜けるテラス席に座り、アイスコーヒーを啜る。


「……ここは時間が止まってるみたいだな」


慶彦はひとりごとのように呟いた。


目の前を、少年がヨットの帆を畳みながら歩いていく。


少年の背中に陽が差して、その影が砂に長く伸びた。


シャッターを切る。


そこに写るのは、夏がひとつ終わっていく、その“気配”だった。


宿へ戻る道すがら、スマートフォンに香月からの返信が届いていた。


《九鬼さん、いい写真でした。やっぱり、白は、海が合いますね。》


《鎌倉も、楽しみにしています。》

慶彦は短く返事を打った。


《葉山は、風も服も、静かでした》


《喜んでもらえる写真、鎌倉でも撮影しますね。》

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