第2章
17
翌朝、志乃は障子窓から差し込む、これまで経験したことのないほど柔らかな光で目を覚ました。
鳥のさえずりと、遠くで
昨夜までの
部屋の隅に用意されていた清潔な着物に着替え、静かに襖を開ける。
磨き上げられた廊下は、朝日を浴びて飴色に輝いていた。
父と暮らした古今堂の、どこか
志乃は、この屋敷そのものが一つの
「おはようございます、志乃さん。よく眠れましたかな」
志乃がためらいがちに襖を少しだけ開けると、水上が気づいて手招きをした。
彼の表情は、昨夜の
部屋の中では、白髪の老人が一人、巨大な地図を広げており、若い女性が銅鏡を磨いていた。
そして、部屋の隅の柱に寄りかかるようにして、岩のような大男が腕を組んで立っていた。
「水上さん。お願いがあるのですが」志乃は意を決して言った。「ここにいらっしゃる皆様に、きちんとご挨拶をさせていただけませんか。どのような方々で、何をしてらっしゃるのか、知っておきたいのです」
その言葉に、水上は満足げに微笑んだ。
「ええ、そのつもりでした。あなたの覚悟と、状況を理解する知性には、我々も
水上はまず、机に向かう老人へと志乃を導いた。
老人は、広げられた日本全土の古地図の上に、さらに半透明の紙を重ね、そこに朱で複雑な線を引いていた。
それは、志乃の目には意味をなさない模様に見えたが、何か途方もないものを描き出していることだけは分かった。
「
老人は地図から顔を上げ、皺の深い目で志乃をじっと見つめた。
その視線は、まるで魂の芯まで
「『
次に、水上は銅鏡を磨く女性を紹介した。
彼女は作業の手を止め、静かに立ち上がると、志乃に深々とお辞儀をした。
「彼女は
和泉は、ふと何かを思い出したように立ち上がると、机の隅に置かれていた、見覚えのある品を指差した。
それは、志乃たちの物語の
「志乃様、これ……」
「どうして、これがここに?」志乃は驚いて尋ねた。
「昨夜、我々の仲間が海龍の屋敷から回収しました」水上はこともなげに言った。「中身はありませんでしたが、箱自体が重要な研究対象ですので。和泉君、何か分かったかね?」
「はい」和泉は頷くと、小箱の内側を指差した。彼女の声には、専門家としての興奮と、
彼女は続けた。
「ですが、ただの海藻ではありませんでした。これは『
和泉の言葉には、職人としての静かな怒りがこもっていた。
最後に、水上は部屋の隅に立つ大男を手招いた。
男はゆっくりと近付いてくると、志乃の前で深々と頭を下げた。
言葉は一言も発しないが、その佇まいには絶対的な信頼感を漂わせている。
「彼は
八坂翁、水上、和泉、そして巌。
学者、密偵、職人、そして守護者。
それぞれが、この奇妙な戦いにおける己の役割を担っている。
志乃は、自分が本当に
そして、八坂翁の言った『鎮めの乙女』という言葉が、彼女の心に重く根を下ろし始めていた。
それは、ただ守られるだけの存在ではない。
自分にも、果たすべき役目があるのだという、静かな
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