第8話 炎を操る巫女




「……全てを焼き尽くせ。焔崇天衝」


突然、背後から凛とした声が響く。


俺が驚いてそちらを振り返ろうとするとーー、高く打ち上がっていたせいぜい15センチ程の火球が、突然数十メートル級の巨大な火球になり……ドラゴンの巨大目掛けて猛スピードで撃ち込まれた。


「グアァアアアアアア!!!!!」


ドラゴンが壮絶な絶叫を上げる。


地鳴りのようで、立っていられない程の叫び声だ。


だが、ドラゴンはフラフラと傾いただけで、まだ空中を飛んでいる。


仕留められては、いない。


また旋回して、炎を吐きながら遠くへと飛ぶ。


しかし鋭い目つきでまたこちらに近づいてきている。


危機は終わってない。でも。


俺とテオは、呆然と背後を振り返った。


そこには、全身黒ずくめでフードを被った人間がいた。


いつの間に。


いや、あの炎の中をどうやって?


「不意打ちで仕留められると思ったんだが……まだ火力が足りなかったか」


独り言と、ちっという舌打ちが聞こえる。


口調とは対照的な涼やかな女性の声だ。


「お前、誰だ……?火力って、あれ、お前がやったのか……?」


「お前、私の言っている言葉がわかるのか……?」


声の震える俺の質問には答えずに、女が呆然と呟く。


「わかるも何も……」


「あぁ、理由はわからんが詳しい話は後だ。今はあのドラゴンを仕留めるのが先だ。今度こそ私の炎でトドメを刺すつもりだが……正面突破だけでは正直部が悪い。お前たちも加勢しろ」


「加勢……?」


「飲み込みが悪いな。さっきみたいに、どんどんあいつに火球を撃ち込めと言っている。いいな」


そう言い放つや否や、女はその場から駆けてドラゴンの方角へと向かう。早い!


「おいハルキ、どういうことだ!?あいつは何て言ってたんだ!?」


「は?いや、火球をなんでもいいからとにかくたくさん打ち上げろって……」


「火球?何がなんだかわからんが、やるぞ!!」


テオがそう言うや否や、先ほどの女に直球のドラゴンの業火が吐かれる。


「……あのドラゴンの子か」


女が仄暗くそう呟くと、ドラゴンの目つきが更に鋭くなる。激しい憎しみの色だ。


女は早口で詠唱する。


「炎でこの私が負ける訳がない!!絶・封壁!!」


女が叫ぶと同時に、女を包み込もうと迫っていたドラゴンの炎が分散する。


女は傷一つつかず、そのまま素早くドラゴンの背面に回り込む。


「業火衝!!」


そして、特大の炎の塊を撃ち込んだ。


ドラゴンはすんでの所でそれを避け、憎々しげに旋回しながらまた街に炎を吐く。


「なんだあの魔法!あいつ、すげぇぞ……!!」


高揚した様子のテオがそう叫ぶ。


「ほら!よそ見してんな!投げるぞ!」


俺がそう叫び火球を投げると、テオが空中に打ち込む。


それは向かってくるドラゴンの頭部目掛けて打ち上がった。


いつのまにか建物の屋根に登ってドラゴンへ向かって走る女の姿が見える。


「炎崇天衝!!」


するとその火球が特大の炎の塊に変わる。


ドラゴンが鼻先のそれを避けた瞬間、


「業火衝!!」


また女の手から炎の塊が放たれ、ドラゴンの顔にクリティカルヒットした。


「よし!!」


俺とテオがガッツポーズを決めるも、ドラゴンの顔は爛れただけで、凄まじい咆哮を上げながらまだ空中を旋回している。


「くそ……まだ魔力が完全に戻っていない……!!おい、そこのお前たち!!もっと連続で打て!!手を休めるな!!」


そう言った女に、直後ドラゴンの巨大な炎が撃ち込まれる。


女の立っていた場所、建物が燃え盛る。


「おい!!大丈夫か!?」


「心配している暇があれば打ち込め!!」


すんでの所でそれを交わしたらしい、地上を走っていく女に胸を撫で下ろす。


「テオ、打て!!」


そして何発も火球を打ち込んだ。


ドラゴンの鋭い目つきがこちらを睨みつけ、俺たちを認識する。まずい!!


「テオ!!」


吐かれた炎に、咄嗟にテオの体に抱きつき、脇に転がる。


凄まじい炎が、俺たちの立っていた場所に放たれた。


熱い。熱くて死にそうだ。息が吸えない。苦しい。


ドラゴンが地上すれすれを飛び、凶悪に太い尾が俺たちの頭上の建物を一気に薙ぎ倒す。


「ハルキ!!」


爆風と衝撃に目を瞑る。


目を開けると、目の前には下半身が瓦礫の下敷きになって呻くテオがいた。


「テオ!!おい、しっかりしろ!!」


俺自身も両腕から出血し血まみれになっていたが、焦燥感にもはや痛みすら感じない。


瓦礫をなんとかどけようとするも、重すぎて時間がかかる。また、ドラゴンが迫り来る。


テオが、血まみれの顔をゆっくりと上げた。


「行け」


「何を……」


「お前一人でやるんだ。この剣で最後まで火球を打ち込め」


「出来ない!!今退けてやるからーー」


「このままじゃどの道死ぬ!!」


重体とは思えないほどのビリビリとする声量で、テオが叫ぶ。


「お前に託すんだ!!最後まで諦めないって言ったのは、お前だろ!!」


その言葉に、俺は息を飲んだ。


迷っている時間は、ない。

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