第7話 死に場所。一矢報いるために




「ドラゴン……っっ!!」


剣を構えるテオの先から迫ってくるのは、激しい炎を吐きながら街を焼き尽くすドラゴンの姿だった。


多分、その大きさはゆうに30mはある。


街の人々が悲鳴を上げながら逃げてくる。


皆顔に煤がついている。全身血まみれの人もいる。


三日月騎士団の隊服を着た人もいるが、弓を向けてもすぐにドラゴンが過ぎ去る。


ドラゴンは炎を吐きながら、俺たちの左頭上を嘲笑うかのように凄まじいスピードで飛んで行った。


「くそ!!熱……っっ!!」


炎が吐かれたのは数メートル先の地点なのに、全身が燃えるように熱い。


吐かれた場所からは、炎が上がっている。


街中の建物に火がつき、燃え盛っている。


そして、その炎の中からーー


「……っっっ!!!」


俺は通りの先を見て、吐き気を催しそうになった。


火だるまになった一人の人間が、もがきながら激しくその場に倒れたのだ。


ーーここは、地獄だ。


多分、俺もテオも、数十分以内にはあれと違わず死ぬ。


ああ、と、どこか冷静な頭で思う。


ここが、俺の死に場所だ。


「どうしたら、どうやったらあいつを倒せるんだ……!!」


テオが泣きながら搾り出すようにそう叫ぶ。


通りにはもう、生きた人間は誰もいなくなっていた。


ふと目をやると、通りの中心に燃え盛る炎が見えた。


あれは多分、いつかの高齢女性に聞いた、数千年前に殺されたドラゴンの炎の松明だ。


「……なぁテオ。歴史上では、ドラゴンは数千年前にはどうやって倒したんだ?」


やけに冷静な頭で、そうテオに尋ねる。


テオは、俺が気でも狂ったかのような目を向けてきた。


「この国の王になる男が、剣を胸に突き刺したんだ」


「どうやって?」


「それはーー」


ドラゴンがまた頭上を掠める。


風圧が凄い。


また通りの右側が燃え盛る。


炎に囲まれた。


もう、俺たちに逃げ場はない。


「巫女が、いた。炎の巫女だ。彼女が炎を打ち込んでーー地上に落ちたドラゴンに、王が剣を突き刺して殺した」


「そうか」


俺はこくりと頷く。


巫女なんて存在はここにはいない。


でも、最後ぐらい足掻きたい。


俺は、生きたい。


「あの松明の火を、あいつにぶつける。なんとか命中させる。なんの意味もない行為かもしれない。でも、やらないよりマシだ。最後にやるだけやってみないか」


俺がそう言うと、テオは驚愕したように目を見開き、そして覚悟を決めたようにこくりと頷いた。


「悪い。最後まで。俺がお前を、巻き込んだんだ……」


テオは辺りに散らばる紙や布、木の切れ端を拾い上げながら、罰が悪そうにそう言う。


俺もそれを受け取りながら、皮肉っぽく笑った。


「もう気にすんなよ。うまい酒奢ってくれて、最後に美味しい思いが出来た訳だし。それにさ、俺言ってなかったけど」


ドラゴンが前方から迫ってくる。


口が大きく開く。


俺はいい感じの木の棒に丸めた布を巻きつけ、松明の火にくべた。


「実は、俺は異世界転移者なんだ」


「……はぁ?なんだそれ?」


テオが吹き出したように笑う。


「おもしれぇ冗談だな」


「冗談じゃないんだけどな。だから、奇跡も起こるかもな」


「はいはい」


その投げやりな返答に俺も笑う。


「トス上げるから、ちゃんと剣で打ち上げろよ。一発勝負だ」


その言葉に、テオが頷く。


俺の手から離れた燃える火球が、テオの前に投げられる。


テオは渾身の力でその剣を振るいーーその火球は、大きくドラゴンに向かって打ち上げられた。


ドラゴンが大きく咆哮する。


思ったよりは高くに上がった。これなら、奇跡的にコツンと体に当たるぐらいにはーー


いや、無理か。


火球が地上に弧を描いて落ちそうになった、俺たちが炎に包まれそうになった、その瞬間。

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