第8話 予言
カメラを修理して、それがあとかたもなく消えて数日が経った。
古賀くんとはあれから話をしていない。
それはどうでもいい。
だけど、美織ともまともに話をしていない。
ケンカをしたわけではない。
美織に微熱があった日以来、彼女は元気がなくてわたしとの会話も上の空。
「なにかあったの?」と聞いても、「ううん。大丈夫」としかいってくれない。
でも、これ絶対に何かあるよね……。
それなのに話してくれないってことは、わたしじゃ頼りにならないのかなあ。
そう思ってため息をついて、美織の席を見る。
まだ席は空っぽで、美織は来る気配がない。
わたしが朝早く学校に来てしまったとはいえ、そろそろ美織も登校してくる時間。
美織、どうしちゃったんだろうなあと思っていると、古賀くんがわたしの席にやってくる。
「なあ、ちょっと話あるんだけど」
そういった古賀くんは、気まずそうだった。
でも、わたしには話すことなんてない。
古賀くんの性格を知った今、怖くもないからそう主張できる。
でも、なんだか古賀くんのしょんぼりした雰囲気に、強く出るわけにもいかない。
「話しってなに?」
わたしがそう聞くと、タイミングよく美織が登校してきた。
「あっ! 美織、おはよう」
「おはよう……。あのさ、新菜」
そういった美織は、やっぱり今日も元気がない。
だけど美織は勢いをつけるかのように、続ける。
「新菜も、ちょうどよかった。古賀くんも、聞いてほしいことがあるの」
「え、おれも?」
美織が大きくうなずいた。
「お昼休み、話せるかな?」
美織の言葉に、わたしは「もちろんだよ」と笑顔で答えた。
だけど美織は緊張した様子でこちらを見ているだけ。
なんだかとたんに不安になってくる。
聞いてほしいことって、なんだろう? あんまり良い話ではない気がする……。
「もうすぐ日本が滅亡するの」
お昼休みの屋上。
今日も梅雨の晴れ間で、暑いくらいだ。
そんな中、黙り込んでいた美織が口を開い方と思えば……。
「ごめん、わたしの聞き間違いかな。『日本が滅亡する』って聞こえたけど」
「ああ。おれもそう聞こえた」
わたしと古賀くんがいうと、美織はうつむいてこぶしぐっと握る。
「ほんとう、なの」
震えるような声で美織がそういった。
「日本が滅亡するのが、本当なの?」
わたしがそういっておにぎりを食べると、古賀くんがいう。
「あー、あれだろ。そういうわけわかんねー予言か?」
「だいぶ昔に流行したらしいよね。ノストラダムスの大予言だっけ?」
「そうそう。それな」
わたしと古賀くんが話していると、美織が大きな声でいう。
「ほんとうなの! 夢で見たのよ」
「それはただの夢であって、本当にはなんねーよ」
「うん。わたしも自分が死ぬ夢を何度も見てるけど生きてるし」
わたしがにっこり笑っていうと、美織が口を開く。
「本当なの。今までだって、芸能人の事故とか、ゲームの発売延期が夢に出てそれが本当になったから」
美織がそこまでいうと、大きな大きなため息をつく。
ん? 芸能人の事故? ゲームの発売延期?
それって星空ミルちゃんの予知だよね。美織も予知ができるってこと?
すると美織が、少しためらってから口を開いた。
「この際だからいうけど、わたしヴァーチャルアイドルやってるの」
「まさか……星空ミルちゃん?」
「そう。ごめんね、新菜はミルのこと好きだっていってくれたから。中身がわたしだって知りたくなかったよね」
「ううん! むしろ美織ごと推せる!」
「ありがとう。うれしい」
わたしと美織はガッシリとお互いの両手をつかんだ。
えへへ。美織がミルちゃんだなんて、ガッカリどころか最高だ。
喜んでいると、古賀くんがわざとらしく咳ばらいをする。
「友情を深めてるところ悪いが、その、予言は何度も当たってるってことか?」
「そうなんだ。今までは芸能人の事故、あとスクープとか、これから流行する意外なものとか、そういうちょっとした予知夢しか見なかったの」
「でも、最近の予知夢で日本が滅亡したってこと?」
「うん。ただ、どう滅亡するかわからない。知らない間になにもなくなってたから」
「それって、一瞬で日本がなくなってた、ってことか」
「そう。きれいさっぱり。なにもかもなくなる」
「原因とかは、わからないの?」
「それが……一瞬のことで何がどうなったかもわからなくて……」
美織が下を向いてしまった。
古賀くんがあごに手を当てながらいう。
「それじゃあ、隕石がぶつかるかもしれないし、いきなり宇宙人から攻撃されるかもしれないし、他の自然災害かもしれないってことか」
古賀くんは、「ちょっとまてよ……」とつぶやいて、スマホをいじりだす。
それからスマホの画面を見ながらいう。
「そういえば、大きめの隕石が地球のそばを通るらしいんだ」
「じゃあ、それが地球に落ちてくるの?」
わたしと美織は顔を見合わせる。
「いや、この軌道のままなら地球にぶつかることも落ちることもないらしい」
「でも美織の予知夢だと、その隕石が日本に落ちるんじゃないの?」
「うーん。この隕石が軌道を逸れれば、その可能性はあるな」
古賀くんはスマホをポケットにしまって続ける。
「おれのじいちゃん、天体観測が趣味なんだよ。だからおれも少ーしだけ詳しくなった」
「じゃあ、隕石が落ちて日本が滅亡するのは十分ありえる話ってこと?」
美織の問いに、古賀くんが答える。
「あるんじゃねーの? でも、日本が滅亡するレベルの隕石ってすげーデカいと思うんだよな」
「そういうのって専門で研究してる人たちがいるよね」
わたしがいうと、古賀くんはため息をつく。
「そうなんだよ。だから専門の人たちが別に何もいってないからさあ。そりゃあだれ信じねーよな」
「でも、美織の予知夢は当たるし、このままだと日本はなくなるんだよ?」
「おれにいわれても。予知夢なんて、そもそも大人は信じてくれねーよ。おれだってまだ半信半疑だ」
「わたしの能力はすぐに信じたくせに」
「えっ?! 美織もなにか能力あるの?」
そういった美織の目がキラキラと輝いた。
これは仲間を欲している目だ。
「うん。そうなんだ」
わたしはそういうと、自分の能力のことを美織に話した。
「すごい! 新菜、そんな超能力があるならすぐに話してくれても良かったのに」
「いや、普通はそんなカミングアウトできんだろ」と古賀くん。
「うん。ずっといいたかったんだけど、美織を怖がらせちゃうかなって」
「そんなことないよ。わたしも予知夢を見るから仲間だよ」
「うん。仲間ができてうれしいよ」
「喜んでるところ水を差すようで悪いが、どうすんだよ、日本滅亡」
古賀くんの言葉に、わたしも美織も考えこんでしまう。
「逆にいえば、日本しか危険じゃないの?」
わたしがいうと、「うん。少なくとも予知夢ではそうだった」と美織。
「なるほど。むしろ日本以外は安全つーことか」と古賀くん。
「あっ、そうだ! ヴァーチャルアイドル、やってんだよな?」
うなずく美織に、古賀くんが続ける。
「今日は配信の予定とかねーの?」
「ううん。今日はおやすみ予定」
美織はそういうと、「でも」と続ける。
「わたしは、日本が滅亡することをみんなに知らせたいの」
「だよね。先に知らせれば、避難できるもんね」
わたしがいうと、古賀くんが何かを思いついたようにいう。
「あっ、そうだ。日本滅亡の予言動画、日都月も出演すればいいんじゃね?」
古賀くんの言葉に、わたしと美織は首をかしげた。
『今日もバッチリ未来を占います♪ 星空ミルでーす』
画面に映っているのは、魔法使いの衣装を着た星空ミル。
『今日は通常の配信じゃなくて、緊急配信の枠にしています』
ミルちゃんはそういうと、隣を見てから続ける。
『そして、なんと今日は、ゲストにも来てもらってるよ』
『は、はじめまして。ニーナです』
『どうも、ヤマトっす』
ゲストふたりは、学生服の女子と男子のイラストだ。
『ニーナちゃんには、不思議な力があるんだよ』
ミルちゃんがいうと、ニーナは生卵を割った。
画面にぐしゃぐしゃになった生卵が映り、それからニーナはそっと生卵に触れる。
ぱあっと光って、生卵は元に戻った。
卵が一カ月前に戻った、というのが正しいだろう。
『ね。すごいでしょ!』
ミルちゃんはうれしそうにいうと、生卵を戻して続ける。
『これだけじゃないよー』
それから壊れたハサミ、破れたクッションをニーナがどんどん元に戻していく。
コメント欄が驚きの声で埋まっていく。
『ミルのおともだち、すごいでしょ! え? 男の子のほうはどんな能力かって?』
『えーっと。おれは、嫌だっつってんのに、なんか無理やり出されたというか――』
『ヤマトくんは、ただの賑やかしだよ』
『おいおい。ミルさん酷いな』
ヤマトの言葉に、コメント欄には笑いが溢れる。
ミルちゃんもひとしきり笑ったあとで、真剣な表情になった。
『それでね、ミルね、予言ができるじゃない? 大変な予知夢を見てしまったの』
ミルちゃんはしょぼんとしたような顔で続ける。
『隕石が地球に落ちるの。そのせいで日本が滅亡しちゃう。だから、みんなは逃げてほしいの!』
途端にさまざまなコメントが流れてきていた。
こういう嘘はよくないよ、というコメントもチラホラある。
『本当なの。予知夢では、隕石の落下は一週間後。どうかみんな海外に逃げてください』
『逃げてください、本当なんだ』とニーナ。
『ああ、どうか逃げてくれ』とヤマト。
動画はここで終わった。
「うん。これで信じる人は増えるといいな」
そういったのは、古賀くんだ。
静かなリビングは掃除が行き届いてオシャレ。ここは美織の自宅だ。
さっき古賀くんの提案で、美織が予知夢のことをいうために緊急生配信をした。
そして、動画をより目立たせるために、わたしや古賀くんも出演したのだ。
古賀くんは出演予定ではなかったけど、自分だけ出ないなんて不公平だとわたしがいって渋々、出演。どうせ顔は出ないんだし。
そして、動画内ではわたしが実際に生卵やハサミやクッションを一カ月前に戻した。
そうすることで、さらに動画に注目が集まると古賀くんはいったのだ。
予想通り、動画は配信からすぐに何十万回も再生されている。
今も再生回数はどんどん伸びている。
「どうかみんな信じてくれるといいんだけど……」
美織はぽつりとそうつぶやいた。
「大丈夫だよ。わたしもこの動画を両親に見せて、逃げられるように説得してみるね」
わたしがいうと、美織がうなずいた。
「さー、おれもじーちゃんとばーちゃんにこの動画見せるか」
わたしたちはそういうと、美織の家をあとにした。
すっかり暗くなった空を見上げると、うそみたいにきれいな星空が広がっている。
わたしと古賀くんは、しばらく黙って空を見上げていた。
「家まで送る」
古賀くんがそういったので、素直に送ってもらうことにした。
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