第9話 炎上

 次の日は朝から大変な騒ぎになっていた。

 わたしたちが帰ってから、あの星空ミルの緊急動画は削除されていたのだ。

 どうやらミルちゃんの所属する事務所が『不適切』と判断したらしい。

 削除なんてそんな……酷い。

 あの動画で避難する人が増えればいいと思ったのに。イタズラでも嘘でもないのに。

 だけど、それだけでは事態はおさまらなかった。

 ミルちゃんが炎上した。

 予知を次々に当てるミルちゃんのことを、あんなものは種も仕掛けもある、インチキだと思い込んでいるアンチという存在もいるのは知っていた。

 今回の緊急動画と削除のせいでアンチが、『質の悪いイタズラをするな!』と騒ぎ出したのだ。

 深夜のうちに、「うそつき星空ミル」とか「星空ミルは炎上商法」というデマが広がってしまった。

 どうか炎上がすぐにおさまりますように。

 わたしは祈りながら眠り、朝になってすぐにネットを確認。

 朝になってもおさまるどころか、炎上はさらに広がっていた。

 隕石のことなんて、だれも信じていなかったのだ。

 

 わたしは、とぼとぼと学校へ行った。 

 美織はその日、なかなか学校に来なかった。

 ホームルームが始まる直前に美織からメッセージが届く。

【事務所に呼び出されちゃった。今日は学校、休むね】

 これは、本格的にマズイのかもしれない……。

 胸がズキズキと痛む。

 ミルちゃん……美織は事務所で怒られたり責められたりしないといいけど。 


「あの動画、削除されたうえにミルちゃんが大炎上してるみたいだね……」

 その日のお昼休みの屋上で、わたしは大きなため息。

 古賀くんも同じように大きなため息をつく。

「おれがあんな提案したのが悪かった……」

「そんなことないよ。古賀くんも美織も、わたしも間違ったことはしてない」

「そうか、うん。そうだよな」  

 古賀くんはどこかが元気がない様子でいった。

 それからコロッケパンを少しだけかじって、古賀くんはいう。

「おれ、避難できそうもねーわ」

「えっ?! なんで?」

「じいちゃんが昨夜ぎっくり腰になってさ」

「えっ? じゃあ動けないの?」

「ああ。一カ月は絶対安静。ばあちゃんはそもそも隕石のこと信じてねーし……」

「でも、あと一週間しか……」

「わかってる。でも、おれも、まだ隕石が衝突して日本が滅亡するって完全に信じてねーんだ」

「えっ? そうなの?」

「だってさ、予知夢とかいっても百発百中ってわけじゃないんだろ?」

「そうかもしれないけど、当たるかもしれないし」

「あんたの能力だって、失敗するんだろ。それなら予知夢だって外れるかもしれない」

 古賀くんはそこまでいうと、ひとりごとのようにいった。

「つーか、外れてほしいんだ」

 わたしはその言葉に、なにもいえなくなった。


 予知が外れてほしい。

 そうじゃないと、このまま隕石が衝突するのを待つだけになってしまう。

 そんなの辛すぎる、悲しすぎる。

 だけど古賀くんは、ずっとそんなふうに考えていたんだ。

 わたしは、ミルちゃん……美織の予知は絶対に当たるって信じていた。ううん、信じたいんだ。

 同じように不思議な能力を持っているものとして、能力は成功してほしいとは思う。

 だけど、本当のところはこの予知は、外れてほしい。

 わたしだって、家族は今のところ予知のことを笑い飛ばすだけ。

 もし、わたしがミルちゃんの存在を知らなくて、自分に能力がなかったら家族と同じ反応をしていたと思う。

 現実味がないよ、作り話でしょ、って。

 それに、そもそもこの予知は外れたほうがいいに決まっている。

 炎上とかはいずれおさまるけど、日本がなくなったら、もうだれかが揉めることもわかり合うこともできないんだから。 生きていなきゃ、意味がない。

 だから、わたしは美織の能力の失敗を祈るしかないんだ。

 わたしの能力だって失敗をすることは多いんだもん。

 美織の能力だってはずれることがあるはず。

 そんなふうに考えていたら、少し気分が楽になってくる。

 下校の足取りも、朝よりはずっと軽い。

 家のすぐ近くまで来た時だった。

「新菜」

 その声に顔を上げると、美織が立っていた。

 私服姿でどうやらひときりのようだ。

「こんなところで、どうしたの?」 

「事務所に行って帰ってきたところ」

「そっか……。ごめんね、あんな提案しなければ炎上なんかしなかったのに……」

「ううん。新菜のせいでも古賀くんのせいでもないよ」

 美織はそういうと、わたしをまっすぐに見て続ける。

「新菜、絶対に逃げてね」

「えっ? 急にどうしたの?」

「お願いだから、生きてね」

 美織はそれだけいうと、「約束だからね」と念を押して、来た道を戻っていった。

 走っていく美織を、ぼんやりと見送ることしかできない。

 なんだか美織は、いつもと雰囲気がちがったような気がする。

 それよりも、やっぱり美織からすれば予知は必ず当たるんだ。

 だけど、どうしたらいんだろう?

 逃げるといっても、どこに逃げたらいいの? 家族はどう説得すればいいの?

 そんなことを考えつつ、家に帰り自室へ。

 わたしは、あれこれと考えるのが嫌になってスマホをいじる。

「ああ、現実逃避してる場合じゃない!」

 どうにか家族を説得する術はないか、とネットで調べてみようとしたとき。

 いつものくせで、ミルちゃんの公式SNSを見にいってしまった。

 そこで衝撃的なものを目にした。

 ミルちゃんの公式SNSに、謝罪文が出ていたのだ。

 そこには、今回の騒動の謝罪と予知は嘘であるということが書かれてある。 嘘じゃないのに……。

 でも、事務所にそう書けといわれたんだろう。

 だけど、驚いたのはそこじゃない。

 一番衝撃的だったのは、この一文だ。

『わたし、星空ミルは、ヴァーチャルアイドルを引退します』

 あまりにもショックで、めまいがする。

 うそだ、そんな……。

 だってさっき美織が来て、『逃げてね』っていっていた。

 あれは予知が本当だから、わたしに念を押したんだよね。

 それならヴァーチャルアイドルを辞める必要なんかない。堂々としていてほしい。

 それに、さっき会ったときは『辞める』なんて一言も……。

 じゃあ、この謝罪文は嘘なの? アンチが作成した? 事務所に無理やり書かされた?

 そう思って謝罪文をよく読むと、最後にミルの直筆の署名も載っていた。

 何度も何度も謝罪文を読み返してみる。

 そこにはやっぱり『引退』の文字があった。

「そんな……引退だなんて……」

 目の前が真っ暗になる。

 わたしにとって、隕石衝突よりもミルちゃんが引退するほうがずっとずっと嫌だ。

 せっかく中の人が美織だとわかったから、より推そうと思えたのに。

 そこでハッとして、わたしは美織にメッセージを送る。本人に真相を聞いてみよう。

 もしかしたら、ほとぼりが冷めるまでお休みするだけかもしれないし。

【星空ミルが引退なんて、嘘だよね?】

 既読はつかない。今は忙しいのかもしれないな。

 引退……そう考えただけで胸が痛い。

 このまま星空ミルが引退しちゃったら、わたしはだれを癒しにすればいいの?

 そもそも、この引退も突然すぎるよ。

 やっぱり、あの緊急動画が引き金になったんだ……。

 でも、美織はわたしのせいでも古賀くんのせいでもないっていってくれた。

 もしかしたら、わたしに気をつかってくれているだけかもしれないけど。

 それとも、美織は今後のことを考えて引退したのかな。

 別の事務所に移籍するとか、どこにも所属せずに個人でバーチャルアイドルとして活動していくとか……。それなら、また応援できる。

 うん、そうだ。ミルちゃんが――美織が軽率に辞めるわけがない。

 そう思って、無理やり心を奮い立たせる。

 やっぱりメッセージには既読はつかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る