第7話 壊れたカメラ
次の日朝。
学校へ行くと、美織がどこか浮かない顔をしていた。
「おはよ。美織」
「あ、新菜、おはよう」
「そういえばさ、ミルちゃんの予言がまた当たったね。知ってる?」
「え、あ、うん……」
「メリオカート10、楽しみにしてたのに残念だよね」
「……うん。そうだね」
やっぱり美織は元気がない。
よくよく彼女を見ると、顔が真っ青だった。
「美織! 顔、真っ青だよ! 体調悪いの?」
「え? あ、うん。ちょっと……」
「じゃあ、保健室に行こう」
わたしはそういうと、美織を保健室に連れて行った。
美織は微熱があったそうで、そのままベッドで休むことになった。
「風邪かなあ」
わたしはそういうと保健室を出て、教室へ戻ろうと歩き出す。
すると、廊下で女子が泣いているのが見えた。
ボブヘアの似合うかわいい雰囲気の女子で、見覚えのない顔。 同じクラスではないことは確かだ。
泣いてるってことは何かあったのかな。
でも知らない人に、声をかける勇気はない。
もしかしたら、放っておいてほしいのかもしれないし。
そう思って、泣いている女子を通り過ぎたとき、違和感を覚えた。
廊下を通る生徒たちも、先生も、その女子を気に留める様子がない。みんな冷たい!
わたしは戻って、女子に声をかけた。
よく見れば上靴の色が緑色だから、わたしと同じ一年生だ。それなら比較的、声をかけやすい。
わたしは勇気をふりしぼって聞いてみる。
「どうしたの?」
女子は驚いたように顔をあげると、こういう。
「カメラが、壊れてしまって……」
そういって差し出されたカメラは、ずいぶんと古いものだった。
テレビでこんな昔のカメラが紹介されていたことがある。
女子はぽつりぽつりと話はじめた。
「二週間前に、うっかり落としちゃって、それで……」
「ずいぶんと古いものだね」
「そうなの。祖父のものなんだけど、わたしが写真を撮りたいといったら譲ってくれたんだ」
「それじゃあ大事なものだよね」
「うう、そうなんですよ!」
女子はそこまでいって泣きだした。
「ちょ、ちょっと落ち着いて。修理とかは?」
「できたらしてるよおおお」
女子はまた泣き出した。
これではわたしが泣かせているみたいだ。
わたしは慌てて辺りを見回すけれど、気づいている人はいないみたい。
ホッとしてわたしはいう。
「あの、一か八かでいいなら、わたしが預かって直せそうな人に頼んでみるけど……」
「え? 本当に?」
女子は急に泣き止み、顔がぱあっと明るくなる。
「うん。直るかどうかは保証できないんだけど……」
それどころか壊れる可能性がある、なんていえない。また泣かせてしまいそうだから。
「いいんです。直せそうなら!」
「おい、なにやってんだ」
その声に振り返ると、古賀くんが立っている。
彼は眉間にしわを寄せて、こちらを見ていた。
「ああ、この人は修理を手伝ってくれる人だから!」
わたしが古賀くんをそう紹介すると、女子はちょっと怯えたような顔をする。
そうだよね、こんな不良が修理の手伝いをしそうもないよね。実際に手伝いなんてないし。
紹介するべきじゃなかったなと反省していると、古賀くんが辺りをキョロキョロと見回してから、こういった。
「さっきから、日都月はだれと話してるんだ?」
「え? 目の前の女子だよ」
「だれもいないだろ。おれには日都月ひとりしか見えないが」
「まーたまた冗談いっちゃって」
「いや、マジで。つーか、なにが見えてんだよ。怖ぇよ」
そういった古賀くんは、うそをついているようには見えない。
「古賀くんって、そんなに目が悪かったんだ」
わたしがその女子を見ると、そこにはだれもいなかった。
目の前にあるのは壁だけ。
辺りを見回しても、さっきの女子はどこにもいない。
代わりにわたしはあの女子が持っていた古いカメラを持っていた。
いつのまに?!
「なんだそのカメラ」
古賀くんが首をかしげる。
「なにがなんだか、わたしもわからない」
わたしは胸に古いカメラを抱いたまま、ぽかんと口を開けていた。
「それ絶対に幽霊だって」
お昼休みに屋上へ行ってみると、先に古賀くんがいた。
古賀くんい今朝の出来事を話すと、古賀くんはそういい切ったのだ。
「今朝みた女子は幽霊」
念を押すみたいにいうと、コロッケパンを口いっぱいに頬張る。
「わたし、霊感というものはないんだけど」
「実はあるんじゃねえの? そもそも日都月は超能力者なんだし」
「わたしが超能力者? まあ、超能力といえなくもないか」
「間違いなく超能力だ。それなら、霊感もあっておかしくない」
「なにその謎理論」
わたしはいうと、手に持ったカメラを視線を落とした。
さっきの女子(幽霊?)から託されたカメラは、まだ実態がある。
彼女が幽霊なら、なんでわたしがカメラを触れるんだろう。
こういう場合って幽霊が持っているものは、生きてる人間が触れないんじゃないの?
「おれ、聞いたことがある」
今度はメロンパンの袋を開けながら、古賀くんがいう。
「十日ぐらい前に事故にあった一年生の女子がいるって」
「それってさっきの?」
「かもしれん。トラックと正面衝突して亡くなったって……」
「十日前、かあ……」
「なあ、そのカメラが直せるなら、事故のことを事前に知らせることもできるんじゃないか?」
古賀くんは神妙な面持ちでいった。
わたしも、ちょうど同じことを考えていたところだ。
今朝の女子が、十日前に事故に遭って死んでしまったのなら、カメラを修理する時に未来を教えることができる……かもしれない。
カメラを一カ月前の状態に戻せるなら、そこに何かメッセージを仕込んで、一カ月前のまだ亡くなる前のあの子に事故を伝えられる。
そうしたら、事故に遭わなくて済むかもしれない。
「でも、どうやって?」
「そこな! おれもわかんねえ」
「良いアイデアがあるわけじゃないんだね」
「ねーよ。そのカメラで動画でも撮って『あなたは事故に遭います。気をつけて』とかいえればいいんだけどな」
「さっきあちこち見てみたけど、このカメラ、動画とかそういう機能はないみたいだね」
「つーかそもそも直るのか?」
「やってみないとわからないけど」
わたしはそういうと、カメラを右手で触れる。
するとカメラは強い光りを放つ。
いつもより強く長めに光っている気がする。
ドキドキしながらカメラを見てみるけど、直ったかどうかよくわからない。
外からは壊れているようには見えなかったからなあ。
「ちょっと貸して」
古賀くんはそういうと、慣れた手つきでカメラをかまえてシャッターを押す。
辺りに乾いた音が響く。
「おっ、ちゃんと撮れるじゃん」
「古賀くん、そういうカメラつかえるんだ」
「おお。じいちゃんがこういうカメラつかっててな。おれもたーまに使わせてもらうから」
「へー。じゃあ、直ったってことかなあ」
「壊れてはねーな。あとはどうやって事故を知らせるか、だな」
そういうと、古賀くんは何やら考えこんだ。
わたしもあれこれと考えてからいう。
「動画が撮れないなら、写真一枚一枚に口パクでメッセージを送るとか……いや、枚数つかいすぎるか」
「本当だよ……。まてよ、メッセージ! それだ!」
古賀くんは何かを思いついたようにいうと、「ちょっとここで待ってろ」とだけいって屋上を出て行った。
そして十分くらいで戻ってくる。
「なにしてるの?」
わたしが聞いても古賀くんは答えない。
古賀くんは、スケッチブックに油性マジックで大きな文字を書き始めた。
そこにはこう書かれてあった。
『近いうちに事故に遭う。トラックに気をつけろ』
「なるほど! 古賀くん頭いいね」
わたしがいうと、古賀くんはちょっと照れくさそうにして、スケッチブックをこちらに渡してくる。
「おれが撮るから、スケッチブック持って」
「わかった」
わたしがスケッチブックを持つと、古賀くんがカメラをかまえる。
これで事故が回避できればいいなあと願いつつ、スケッチブックを持つ手にも力が入ってしまう。
だけど、なかなかシャッターの音がしない。
「あれ? おかしいな」
「どうしたの?」
「シャッターが押せない。壊れてる」
「じゃあ、また直すよ」
わたしはそういうと、カメラを右手で触れる。
カメラはさっきよりも弱く光っただけ。うーん、直ったのかなあ?
「同じものに二回触れると二カ月前に戻るとか、そういうのないの?」
「ないけど、一回目よりも成功率が低くなる」
「まじかよ……」
古賀くんのつぶやきに、わたしはため息をつく。
カメラに触れても弱く光っただけだ。
これは修理できていないかもしれない。
案の定、古賀くんがシャッターを押しても、何も反応しない。
「これじゃあメッセージが伝わらない……」
わたしはスケッチブックを持ったまま、そのばにへたりこんだ。
ひとりの女子の命を救えるかもしれないと思ったのに。無理なんだ。
やっぱりわたしの能力なんて、微妙過ぎて何の役にも立たない。
「わたしの能力なんて、ゴミじゃん」
「おい。ゴミとかいうな」
「だって失敗ばっかりだし、肝心な時にはちゃんと直らないし……」
「成功もしてるだろ。おれのスマホとか」
「データ消しちゃったけどね……」
「それはそれ。直ったんだからいいだろ」
「わたしが踏まなきゃ壊れなかったものだし」
わたしがそういうと、古賀くんはわざとらしくため息をつく。
「あのさあ、その能力だけでも、おれはすげーと思うんだけど」
「そうなの? わたしはこんな能力いらないけど」
「なんだそれ。普通の人間にはないような能力があるくせに、いらないとか贅沢すぎるだろ」
「こういう厄介な能力がない人には、わたしの気持ちなんかわからないよね」
わたしはそういうと、古賀くんは怒ったような顔をする。
「もういい」
古賀くんはそれだけいうと、屋上を出ていってしまった。
なんなのよ、わたしの苦労も知らないで!
もういい。あんな偽不良に絡まれないなら今後は平和でいいよ。
むしろもう二度と絡んでこないでほしい。
そんなことを考えてふとカメラを見る。
次の瞬間、カメラが煙のように消えた。
え?! どういうこと?!
キョロキョロと辺りを見回しても、カメラはどこにもない。
さっきまでわたしが持っていたのに、消えた、ってことは……。
まさかあの女子の幽霊が、成仏したってこと?
空を見上げると、雲一つない青い空が広がっている。
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