第6話 平和な日々

「人騒がせなカップルめ!」

 先輩と彼女さんが見えなくなると、古賀くんがそう叫んだ。

 わたしはスニーカーに履き替えながらいう。

「途中からふたりの世界だったもんね」

「まあ、終わり良ければすべて良し、だからいいか」

「うん。そうだね」

「なんだよ。今度は日都月が浮かない顔してるな」

「べっつにー。なんでもない」

 わたしはそれだけいうと、歩き出す。

「日都月にも迷惑かけたな。なんかおごる」

「いいよ。そういうの」

「でも、それじゃあおれの気がすまねえ」

「じゃあもう修理の依頼を勝手にしてこないで。これで終わり」

 わたしは早口にいうと、走り出す。

 あーあ、わたしの能力ってやっぱ微妙だなあ。

 今日のことでそれを思い知らされた。

 だって修理ができるわけじゃない。

 おまけに一カ月前の状態に戻るから、そのぶん何かをリセットするリスクもある。おまけに派手に失敗することもある。

 ケガや病気を直せればいいのに、人間どころか生き物にはこの能力は効果を発揮しないし。

 ただただ物を一カ月前の状態に戻すだけ。

 それならこんな能力、ないほうが平穏に暮らせるよ。

 こんな愚痴、古賀くんにいってもしょうがない。

 だから今日のミルちゃんの配信で癒してもらおう!


『今日はね、大変な予言があるんだ』

 今夜のミルちゃんはどこか元気がなかった。

 途端にコメント欄がざわつく。

 わたしもひとり部屋で、「え、なになに?」と画面を凝視する。

 ミルちゃんは、大きな大きなため息をついてからいう。

『あのね、有名なレースゲームあるでしょ? 今度10が発売されるゲーム』

 わたしも大好きなゲームだけど、それがどうかしたのだろうか。

『あのゲーム、発売延期になるみたい!』 

「えっ?! なんで?」

『ミルも予知夢でちょっと見ただけだから、詳細はわかんないんだ。あーあ、これに関してはハズレてほしいなあ』

 そういうとミルちゃんは、またため息をひとつ。

 ミルちゃんは言及していないけど、『メリオカート10』のことなんだろうなあ。

 このゲーム、美織も大好きでいっしょに遊んだんだよね……。

 10もいっしょにやろうって話してたのになあ。予知、はずれないかな。

 その三時間後、メリオカート10の公式サイトが発売延期を正式に発表した。

 またミルちゃんの予言が当たったようだ。


 わたしは窓の外を見ながら、鼻歌混じりに下校の支度をする。

 窓の外は雨が降り出していたけれど、わたしの心は晴れやか。

 ここ最近は、素手の状態の右手でうっかり物を触ることが減ったから平和。

 注意さえしていれば、手袋を外して右手で物を触ることもないんだよね。

「油断するのがいけない」

 わたしはそう自分にいい聞かせると教室を出た。

 今日は美織はピアノのレッスンだとかで早めに帰っていった。

 彼女は週五のペースでピアノ教室へ通っているガチ勢。

 弾いてるところを見たいな、といったこともあるけど「まだ三年しか習ってないから」と断られた。三年ってけっこう長いと思うんだけどなあ。

 そんなことを考えつつ廊下を歩いていると。

「いいから出せ」

 廊下の隅でそんな声が聞こえたので、何気なく覗いてみる。

 そこには古賀くんが男子をにらみつけていた。

 男子は震えながら財布から何かを出そうとしている……これはカツアゲ?!

 古賀くん、見た目はあんなんだけどまともな人だと思ってたのに! やっぱり不良だったんだ……。

 男子は何かを古賀くんに差し出しているけど、あれはお札?

 どうしよう、止めたほうがいいのかな。

 でも、わたしひとりじゃ怖いな。先生呼んでこようかな。

 そう思っていると、カツアゲをされている男子がいった。

「別にラーメンチケットを持っていたのは、ぼくが食べるわけじゃないし」

「はあ? ラーメン屋から出てきたのをおれが見てるんだよ!」

 古賀くんと男子はなにかをいい争っている。

 ああ、これは本当に先生を呼ばなければ! と慌てていると古賀くんがいう。

「おめーは小麦アレルギーのくせにラーメン食べてんじゃねーよ!」

「だからってラーメン大盛チケット、取り上げなくたっていいだろ」

 ん? なんかカツアゲじゃないっぽい?

 わたしは職員室へ向かおうと歩き出そうとする足をぴたりと止める。

「このチケットがあったら、おめーはまたラーメン屋に行く」

 古賀くんはそういうと、さっき男子から奪ったお札のようなもの――ラーメンの大盛チケットらしいを、手でヒラヒラとさせる。

「相変わらず、大和はおせっかいだよね」と男子。

「おめーがうかつな行動するから心配してんじゃねーか」

 古賀くんはそういうとため息をつく。

 これはどうやらカツアゲではないみたいだ。

 それならよかった、と思って昇降口へと歩き出そうとしたとき。

「あっ、日都月。ちょうどよかった」

 古賀くんがわたしを見つけて、何かを差し出す。

 それは、さきほど男子から取り上げたラーメン大盛チケットだった。

 古賀くんはさり気なくわたしの右手の手袋をするっとはずし、その上にチケットを置く。

 するとピカッと小さくチケットが光る。

 わたしが「ちょっとなにするのよ!」というと、 古賀くんはまたチケットを奪った。

「おお、さすがだな」

 古賀くんはそういうと、チケットをわたしに見せてくる。

 そこには、ラーメン大盛の文字はどこにもなくてただの紙に戻っていた。

「はい、チケット返すわ」

 古賀くんはさっきの男子にチケットならぬただの紙を渡す。

「え? あれ? これただの紙じゃん」と驚く男子。

「便利につかわないでよ!」 

 わたしはそれだけいうと、手袋をはめて走り出した。

 わたしを便利な機械扱いして! と怒りながら帰っているうちに、なんだか無性にラーメンが食べたくなってきた。

 家にインスタントのラーメンがあったな。今日は両親が仕事で遅いし、インスタントのラーメンにたっぷりの野菜炒めでも乗せようかなあ。

 そんなことを考えていたら、お腹がぐううと鳴った。

 わたしは恥ずかしくなって、走って家に帰る。

 なんだかんだあるけど、やっぱり最近は平和だなと思う。

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