第5話 カップル
「付き合ってなんかないじゃん!」
屋上にくると、わたしは古賀くんに抗議をする。
「そうだけど、そのいっておいたほうがふたりで話しやすいだろ」
「ふたりで話さなくてもいいよ、べつに」
「じゃあ、教室でこのこと話すか? クラスメイトがいろんなもの直してって押し寄せるぞ」
「それは……嫌だ……」
「だから付き合ってるって嘘いっておいたほうが、あんたのためなんだよ」
古賀くんはそこまでいうと、少しだけ考えてからいい直す。
「
へー。わたしの苗字、覚えててくれたんだ。ってゆーか、付き合ってるって嘘つくなら、「あんた」はないよね。
古賀くんは、「それでさ」と切り出してうれしそうに笑う。
「昨日のあの失敗した指輪をばあちゃんに見せたら喜んでた」
「えっ! なんで?」
「おれもビックリした。理由を聞いたら『サイズが合わなくなったからペンダントトップにしたいと思ってたの。素敵なデザインね』だってさ」
「それ本当に? 気をつかっていってくれたんじゃなくて?」
「今朝からばあちゃん、チェーンを買いにアクセサリーショップに行ったよ」
古賀くんはそういってニコニコしている。
よかった……。これがケガの功名ってやつかな。
でも、こんなふうに危ない橋はもう渡りたくないから、他人の物の修理は二度とやらないでおこう。
「それで、さっそくまた修理の依頼があるんだけど」
古賀くんがさらっとそんなことをいった。
「え? 依頼? どういうこと?」
「今朝、先輩に相談されたんだよ。彼女とおそろいのキーホルダーが真っ二つに割れたらしくて……」
「無理無理! 失敗しても古賀くんのおばあちゃんみたいにいかないよ?」
「それなら大丈夫だ。そもそもあんたの能力はだれにも話してない」
「じゃあ、なんでその先輩は修理を依頼してきたの?」
「彼女に会うのが気まずいってぼやいてたから、理由聞いてみたらそういうことだったからさ」
「それで修理するなんていっちゃったの?」
「あんまりにも落ち込んでるから見ていられなくてさあ」
「いやいや、それで勝手に修理を引き受けちゃうのはおかしいって!」
わたしはそういうと、なんだか頭がクラクラした。暑さのせいじゃない。
古賀くん、常識的な人だと思ってたけどちがうかも……。
それどころか勝手に修理の話進めるなんておかしい。
わたしが黙り込んだところで、古賀くんは口を開く。
「表向きは『おれ、手先が超器用なんで直せますよ』ってことにしてあるから大丈夫だ」
「なにが大丈夫なのかわからない!」
「つまり、失敗してもおれの責任ってことだ」
「本当に? もし失敗してもわたしのせいにしない?」
「ああ、本当だ。引き受けたのはおれだしな」
そういうと古賀くんは、制服ズボンのポケットからスマホを取り出す。何かメッセージを確認しているらしい。
そういえば、昨日は古賀くんのスマホのデータを消去しちゃったんだよね。
というか、それ以前にわたしは彼のスマホを踏んづけて壊している。
それを思うと、お詫びということならキーホルダーを直すくらいいいかも。
いやもう、古賀くんのおばあちゃんの指輪を直してはいるけど、盛大に失敗しちゃったし。
わたしもこの能力の加減を知りたいところだし……。
「わかった。直すよ」
「おお! サンキュー!」
古賀くんはそういうと、ズボンのポケットからキーホルダーを取り出した。
木製のパズルのピースみたいな形をしていて、それが真っ二つにわれているのだ。
「彼女さんの持ってるのと合わせるとピッタリはまるらしい」
「これじゃあはまらないね」
わたしはそういうと、手袋をとって右手の上にキーホルダーを乗せる。
大丈夫、大丈夫。責任は古賀くんが取るんだから気楽に。
そう思いつつ意識を集中させると、ぱあっと辺りが光った。
「おっ! ちゃんと直ってんじゃん!」
古賀くんの言葉に、わたしは恐る恐る目を開けてキーホルダーを見る。
そこには、パズルのピースの形に戻ったキーホルダーがあった。
これが元の状態です、といわれてしっくりくる形!
「やった! 大成功!」
わたしは思わず古賀くんとハイタッチ。
古賀くんは、笑いながらいう。
「そうだ。放課後にこれを先輩に届けるから、いっしょに来るか?」
「いいよ、それこそ本当に彼女みたいだし」
「クラスメイトだって説明するし。日都月も先輩が喜ぶ顔、見たいだろ?」
古賀くんの言葉に、わたしは言葉につまる。
彼の先輩のことをわたしはなにひとつ知らない。
でも、修理して直って喜んでくれる人の姿は見てみたいかも。
そんなわけで、放課後に古賀くんは二年二組の教室へ。
わたしはその様子を少し離れたところから観察。
もちろん古賀くんは、わたしが見ていることは知っている。
「そんな遠くで見なくてもいいだろ」と何度もいわれたけれど、断った。
また古賀くんの彼女だと思われたら面倒だし、わたしはその先輩からすれば部外者だし。だから離れたところから見ることにしたのだ。
「先輩、直りましたよ」
古賀くんはキーホルダーを先輩に渡す。
先輩もイケメンで、色白でスラリとした線が細い雰囲気の人だった。
やさしそうな顔をしているので、古賀くんとは真逆のタイプなのかも。
そんなことを考えていると、先輩が優しく笑う。
「ありがとう。すごいね。こんなにきれいに直るなんて――」
おお、よかった。喜んでくれている。
わたしのこの微妙な能力も役に立つのかと思ったとき、先輩の顔が急に曇った。
「どうしたんですか?」
古賀くんが聞くと、先輩はキーホルダーをじっと見つめてから答える。
「これ、ほんとうにぼくの?」
「間違いないですよ」
「そうか」
「え? もしかしてなんか変なところでも……」
古賀くんがそういいかけたところで、先輩がいう。
「ううん、なんでもないんだ。直してくれて、ありがとう」
「そう、ですか」
古賀くんが不思議そうな顔をしたままいうと先輩は、「じゃあぼくは帰るね」と歩いて行こうとする。
先輩のその横顔はどこか寂しそうだった。
ものっすごく気になる~~~!
だって直したのはわたしだよ? また何かやらかした?
先輩はスッキリしない顔をしているのに、古賀くんはこれ以上は追求しないみたいだ。これじゃあわたしがスッキリしないままになる。
『なにかおかしいところでもありますか?』と聞いてみたいけど、そんな勇気ないしなあ。でも気になる!
わたしはあれこれと悩みながら、ついつい先輩のあとをついて行ってしまう。
「おいおい。なにやってんだよ」
そういって古賀くんに腕をつかまれたので、わたしは小声でいう。
「だってなんか、キーホルダーちゃんと直ってないっぽいし」
「バッチリ直ってただろ」
「でも、先輩、変じゃない?」
「あまりにも完璧に直ったからビビってるだけだろ」
「そういう反応じゃなかったけどなあ」
「おれのばあちゃんも、あの指輪を渡したらビビりすぎて『今一瞬、天に召されそうになったわ』っていってたし」
「笑えないよ……。よかったよ、おばあちゃんが無事で」
「それだけ能力がすごいってことだ」
「そうかなあ」
わたしたちがそんなことをいい合っているうちに、先輩は昇降口についてしまった。
「いっしょにかえろー」
そういって先輩の隣に来たのは美人な先輩。彼女だろうか。
「ああ、うん」
先輩はそういって、キーホルダーを慌ててしまおうとして床に落とした。
キーホルダーを先に拾ったのは彼女さんのほう。
彼女さんは、キーホルダーを見て「あっ」と驚く。
「ねえ、どうしてわたしの名前がないの?」
彼女さんの言葉に、わたしと古賀くんは顔を見合わせる。
名前ってどういうこと?
「先週いっしょにこのキーホルダーに、お互いの名前を彫ってもらったよね? なんで消えてるの?」
彼女さんの言葉に、わたしは先輩の顔が曇ったことを納得したと同時に頭を抱えた。
先週、名前を入れにいったんだ! そりゃあ消えるよ!
そっか。名前が消えたから先輩は「これ、本当にぼくの?」なんていったんだ……。
「なんで? わたしのほうには名前がまだあるのに」
彼女さんは怒っているようだ。
ああ、どうしよう。わたしが説明をするべきだろうか? でも、どうやって?
そんなことを考えていると、古賀くんがふたりの元に歩いていく。
それから勢いよく頭を下げた。
「すみません! おれのせいです!」
「えっ? 古賀くん? なんで?」
彼女さんも先輩も驚いて古賀くんを見る。
「おれが、先輩のキーホルダーをその、興味本位でいじって、それで壊しちゃって修理したんです」
「え、修理? どういうこと?」
「その時に、名前の部分が消えたんです。ぜんぶおれのせいです」
「ちがうよ。ぼくがキーホルダーを壊して、それで古賀くんに直してほしいって頼んだんだよ」
先輩が慌てて本当のことをいう。
「ごめん、だからぼくがぜんぶ悪いんだ」
「ふーん。キーホルダーを壊したんだ?」
彼女さんがそういって先輩をにらみつけたけれど、それからすぐに笑い出す。
古賀くんも先輩も顔を見合わせてきょとんしている。わたしも訳がわからない。
「それなら正直にいってくれればいいじゃん!」
彼女さんはそういってため息をつく。
「最近ずっと元気がなくて、いっしょにいても上の空みたいだったから不安だったんだよ……」
「ごめん。キーホルダーを壊したこと、いいだせなくて」
「そんなのいいよ。いや、よくない、でも、ちゃんと話してよ」
「そうだね。真っ先にいうべきだったな」
「いつもなんでも一人で抱え込んで、わたしに相談してくれないんだもん」
「ごめん。ガッカリするかと思ってさ」
「なにも話してくれないほうがガッカリするの」
彼女さんはそういうと、先輩は口を開く。
「また名前を彫ってもらいにいこう」
「うん。そうしよ。そのとき、ペアリングも買おうね」
「いいね、そうしようか」
先輩と彼女さんは、仲良く手をつないで帰っていった。
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