第4話 婚約指輪の修理
「これ、直るか?」
次の日の放課後、屋上にはわたしと古賀くんのふたりきり。
昨日、古賀くんはわたしに頼みたいことがあるといった。
何かの修理だろう、とは思ったけれど……。
「これはまた、すごいことに……」
わたしは、古賀くんの手のひらに乗せられたものをじっくりと観察する。
ゴールドの指輪は楕円形に曲がってしまっていた。
おまけに飾りでついていたらしき赤い宝石は、取れてしまっている。
「祖母の指輪なんだが、旅先で転んだらこの指輪が犠牲になってな」
「それでこうなった、ってことね」
「祖母にケガはなかった。でも指輪が大ケガしたってわけだ」
古賀くんはそういうと、あぐらをかいて座ったままため息をつく。
まさかおばあちゃんの指輪を修理してほしい、って頼みだとは思わなかった。
もっとこう、ヤバいもの……たとえば普段使ってる金属バット(暴力用)を直してほしいとか、メリケンサックの汚れ(血)をきれいにしてほしいとか。
そういう頼みかと思ったら、だいぶまともなお願いでホッとする。
「直るかもしれないけど」
「お、直せそうか?!」
古賀くんの顔がぱあっと明るくなる。ちょっとかわいい。
「だけど、わたしの能力はまだ不安定で、ちゃんと直るかどうかわからないよ」
「昨日はあんなにきれいにおれのスマホの画面直したのに」
「色々あるの。それよりも、ちゃんとした修理のほうが確実だと思うけど」
「この指輪、じいちゃんからもらった婚約指輪だから、うん十万するわけだ」
「……だとすると、修理代もかなり高いってことね」
「ああ。ばあちゃんはばあちゃんで『いいのよ、修理しなくても』とかいってるし。でも、なんかさあ」
古賀くんはそこまでいうと、ガシガシと頭をかいた。
そっか、婚約指輪かあ。それならよけいに失敗できないなあ……。
とはいえ、婚約指輪ということは一カ月前に買ったものじゃないってことね。じゃあ材料に戻すこともなさそうだ。
あと、大事なことはもうひとつ。
「旅行に行ったのは、一カ月以内なんだよね」
「ああ、一週間前だ」
「わかった。やるだけやってみる」
「おう。頼んだ」
軽い口調の古賀くんは、失敗したとしても文句はいわないだろう。たぶん。
昨日――しかも放課後からちゃんと話しただけなんだけど、古賀くんは見た目よりもずっと常識的な人みたいだし。
気楽に、と自分にいい聞かせ、指輪に右手をかざす。
ぱあっと指輪が光に包まれて輝きが消えると、そこには、きれいに元に戻った指輪が……。
「直ってねーし!」
そう叫んだのは、古賀くんだった。
指輪は直るどころか金のプレート状になってしまい、そのうえ赤い石はそのプレートの中に埋め込まれる形となっていたのだ。
「つーか、指輪じゃなくなってるし! なんだよこれ!」
「ごめんなさい!」
「あああもーーーー!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
わたしはそういって、土下座のかまえ。
「やめろ! 土下座とかすんな!」
「謝罪の基本ですから」
「ブラック企業の社員か!」
古賀くんはそうツッコミを入れると、大きな大きなため息をつく。
「いや、まあ、無理やり頼んでおいて怒るのはおかしいか」
「それは、そうだけど……。でも、ここまで酷くなるなんて思わなかったよ」
「ああ、おれもこんなに派手に失敗されるとは思わなかった」
「ごめん、まだ未熟で……。本当に申し訳ございません」
「だーかーら! 土下座すんな!」
古賀くんは、そういうと失敗した指輪を制服のポケットにしまう。
「人間だれでも失敗はある!」
「そうですよね……」
「というわけで、おれは帰る」
古賀くんはそれだけいうとカバンを持って屋上を出ていこうとする。
それからドアの前で立ち止まり、こちらを振り返る。
「気をつけて帰れよ!」
そう叫んで屋上を出ていった。
やっぱり古賀くんは思ったよりも良い人かも。だからこそ胸が痛む。
古賀くんのおばあちゃんの婚約指輪を、あんなに派手に失敗しちゃって本当に申し訳ない……。
次の日の朝、教室へ行くと美織が心配そうに声をかけてくる。
「ねぇ、昨日は大丈夫だった?」
「え?! なにが?」
美織は辺りをキョロキョロ見回して、それから小声でいう。
「新菜が古賀くんに屋上に呼び出されてるところを見た、って子がいるの」
「ああ。あれは……えっと……」
どう説明したらいいんだろう。
美織には能力のことはいっていいのかもしれない。かれこれ二年の付き合いになるし。
でも、いったら変に思われるかもしれない。もしかしたら怖がられてしまうかもしれない。
今までちゃんと打ち明けたのは古賀くんだけなんだけど、スマホがあんなにきれいに直れば信じるしかないよね。
それじゃあ美織に壊れたものを直すところを見せてみるとか?
でも、それでもしも怖がられたら立ち直れない……!
そんなことを考えているうちに、打ち明けるタイミングがないまま今まできてしまった。
だけど、いつかは美織にもいうべきなのかな、と考えたそのとき。
「おっはよ! お、ちょうどよかった! あんたに話があんだよ!」
そういって古賀くんは、わたしの右腕をぐいっと掴んだ。
すると美織がわたしの左手を引っ張って、「まって! 新菜になにするの!」といってくれた。
「別に頼みたいことがあるだけだし」
「金銭の要求とかじゃなくて?」
そういって古賀くんをキッとにらみつける美織。
うんうん。そうなるよね。わたしも最初はそう思った。
でも、美織がこんなふうにわたしをかばってくれるのうれしい。
ひとり幸せな気分になっていると、古賀くんはいう。
「つーか、おれたち、付き合ってるから」
「は?」「え?」
わたしと美織は同時に古賀くんを見る。
美織がわたしの左腕から手を離す。
「じゃあ、邪魔したら悪いね」と美織。
「え、いや、ちがうってば!」
わたしがそういうのも聞かずに、古賀くんにずるずると引っ張られていく。
ああー。最悪だー!
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