第3話 わたしの能力
わたしが右手で触れたものは、一カ月前の状態に戻る。
ただし手袋をはめていれば、そうはならない。
それに気づいたのは、幼稚園のときだった。
折れてしまったおままごとのフライパンの取っ手が元に戻ったことで判明した。
それからわたしは、おもちゃが壊れるたびに、繰り返し読んだ絵本が破れるたび、右手で修理したのだ。
調子に乗ったわたしは、幼稚園のおともだちのおもちゃも直してあげた。
最初は喜ばれたけれど、トラブルが起きた。
「わたしのぬいぐるみ、布になっちゃった……!」「おれのノート、真っ白になってる!」
そこでわたしはようやく気づいたのだ。
わたしは物を修理することができるわけじゃない。
物に触れると、その物だけ時が戻って一カ月前の状態に戻る。
つまり、一カ月前にまだ作られていないぬいぐるみは制作前の布に戻るし、一カ月前に新品だったノートは真っ白になる、ということ。
そんなこととは知らなかったわたしは、幼稚園の友だちから恨まれた。
頼んでおいてなんだよ、と思わなくもないけれど、「直せるよ」といったのはわたしだ。
こうしてわたしは、それ以来、自分や家族以外の物を直したことはない。だって責任がとれないから。
「なるほどな……。信じられないけど、でも」
わたしの話を黙って聞いていた古賀くんはそこまでいうと、スマホを見る。
「おれのスマホの画面がきれいに直って、でも買ったときの状態に戻ったからなあ」
古賀くんだって本当は半信半疑なんだろう。
「信じてくれなくてもいいよ。ただ、勝手に直しちゃったのは本当にごめんなさい」
「親切でしてくれたことなんだろ?」
「そうだけど……頼まれたわけじゃないから……。しかも壊したのわたしだし……」
「まっ、それもそうだな!」
古賀くんはそういって豪快に笑った。よかった、怒ってないみたいだ。
わたしはホッとして、少しだけ笑う。
「じゃあ、わたしは帰る――」
そういいかけたときだった。
「消えたのは、三年間やりこんだゲームと祖父母と旅行した時の写真、どっちも二週間くらい前にこのスマホに引き継いだものだった」
古賀くんが、寂しそうな声でいった。
わたしの胸がズキリと痛んだ。
右手触ったものはきれいに一カ月前の状態に戻る。
それはつまり、思い出もきれいさっぱり消すことになるのだ。
古賀くんは二週間前にスマホを買い替え、データを引継ぎさせたんだろう。
ちょうど一カ月前の今頃は、彼のスマホにはなんのデータも入っていなかった。
わたしはその状態に戻してしまったのだ。
「ごめんなさい」
わたしが謝罪すると、古賀くんは「わざとじゃないんだろ? でも……」といって続ける。
「ちょっと頼みたいことがある」
「え、わたしに?」
「そう。今日は無理だな。明日また放課後にここに残ってろ」
古賀くんはそういうと、「絶対いろよ!」と念を押して教室を出て行った。
わたしは頭を抱えてその場に座り込む。
結局、不良の修理担当決定じゃん! わたしの中学生活は灰色どころか真っ黒決定だよ。
自分で蒔いた種とはいえ、面倒なことになっちゃったな……。
家に帰るとわたしは自室にこもった。
ベッドに寝転びながら、スマホで動画を観る。
『今日もバッチリ未来を占います♪ 星空ミルでーす』
画面に映っているのは、魔法使いの衣装を着た女の子のイラスト。
彼女・星空ミルはヴァーチャルアイドルだ。
「ミルちゃん、今日もかわいいなあ」
わたしはニコニコしながらスマホを眺める。
画面の向こうでミルちゃんは、今日の昼食のお弁当が大好物のエビチリだったことを興奮気味に話していた。
つい一年くらい前まで、わたしはミルちゃん――それどころかヴァーチャルアイドルにすら興味がなかった。
二次元のアイドルでしょ。キラキラしてるんでしょ。興味ないなあ。なーんて思っていたんだ。
でも、うっかり手袋を忘れて右手でスマホをリセットしてしまった日があった。
その日は、いろいろなものを一カ月前に戻してしまって、ちょっと落ち込んでいた。
一番痛かったのは、一カ月に買った服をただの布にしてしまったこと。
これは時間が戻ったというよりは、修理に失敗してまっただけだ。たまにそういうことがある。
なんでよりにもよってお気に入りの服を……と落ち込みつつスマホの動画を観ていた。
その時に、ミルちゃんに出会った。
彼女は魔女見習いで現役占い師で、未来が見えるらしい。
今はヴァーチャル世界の魔法学校の二年生……まあ、そういう設定なわけだけど。
でも予言をしたり、今月の占いを真剣に配信する彼女を見て、癒されたし元気が出た。
なんだかミルちゃんからは、同族の匂いもしたし。
『ミルさあ、一カ月前の予言で某俳優さんが車関係のことで逮捕っていったでしょ』
そうなのだ。道野歩がスピードオーバーで逮捕される、というのはミルちゃんの予言だった。
予言した当初、彼女は道野歩だとはいわずに、かなりぼかしてこういった。
『今、医療のドラマに出てる某俳優さん、ほら、穏やかでいつもやさしい笑顔の、ね。あの人にねえ、車関係でトラブル起こして逮捕されるっていう予知夢を見たんだ』
だけど、それは道野歩を特定するには十分だったし、逮捕されるというのも的中している。
ミルちゃんはいつものほわんとした雰囲気でいう。
『それがさあ、ミルがその某俳優さんと仲良かったんじゃないか、とか運転が荒いのを事前に知ることができる仲じゃないか、ってSNSでいわれてるの』
「なにそれ。ミルちゃんは予言だっていってるのに」
『んなわねーだろ! ごらぁ!』
ミルちゃんはそういって怒りだした。
『某俳優さんと仲がいいんなら、まっさきに配信で自慢してるっつーの! 接点なんかあるわけないじゃん! むしろ俳優さんとの接点ほしいよ!』
ミルちゃんは一気に吐き出すと、ふうと息を吐く。
『ま、というわけで~。わたしの予言であって、匂わせでもなんでもないので、勘違いしないでくださーい』
ミルちゃんの笑顔、かわいいなあ。
ふわふわの癒し系かと思いきや、喜怒哀楽を隠さないところが好き。
とはいえ、ミルちゃんは『予言』といいきっているけど、どこまで本当なんだろうとは思う。
わたしレベルのちょっとした能力者だったらいいのになあ。そうしたら、もっともっと親近感がわくのに。
わたしはそう考えて、大きく伸びをする。
するとガツンと壁に右手をぶつけてしまい、その勢いで手袋が取れてしまう。
「あっ、やば!」
それと同時に『うわあああああ』というミルちゃんの声。
何事かと思って、うっかり素手の右手でスマホを触ってしまった。
気づいたときには遅く、スマホは一カ月前に戻っていた。
こういうこともあろうかと、スマホには大事なデータは入れていない。
「はあ。やっぱりこの能力ってかなり疲れる……」
わたしはため息をついて、手袋をはめ直してミルちゃんの動画を再生。
『大好きな漫画がアニメ化するなんて嬉しいー! ごめんね、大きい声だしちゃってー』
ミルちゃんは顔の前で手を合わせる。
なんだ……嬉しくて悲鳴あげたんだ……。ビックリしたよ……。
ミルちゃんの身に何かあったわけじゃなくてよかった。
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