第2話 放課後にこっそり
授業中も落ち着かなかった。
自習になるが早いか、わたしはスマホでネットニュースをチェックする。
昨夜、美織のメッセージで知ったスクープ『俳優・道野歩、百キロのスピードオーバーで逮捕。飲酒運転の疑いも』という内容が衝撃的だった。
道野歩はもともと車好き・お酒好きで知られていた。だけど、「車もお酒も大好きで」と話すその姿は節度のある大人だと思えたのに。
彼は穏やかでやさしくて、スピード違反とか飲酒運転とかしなさそうだったから意外すぎた。
だけど、驚いたのはそこじゃない。
道野歩の逮捕は、先月にある占い師によって予言されていたからだ。
今朝の段階では、それがわたしの今日の一番のニュースだったんだけど……。
わたしは、ちらりと廊下側の席を見る。
古賀くんは意外にもまじめに自習をしているようだ。
忘れろ、っていわれたけどそんなことできるわけがない。
自分のならともかく、他人の――クラスメイトのスマホを壊してしまったのだ。
しかも古賀くんは、あれから何もいってくる気配がない。
古賀くんが「いらない」といおうが、あとから「やっぱりお前のせいだ」といおうが、どちらにしても弁償をする必要がある。
あんなに画面が割れたとなると、買い替えることになるよね。
わたしのお金ではどうにもならないので、両親に事情を話して費用を出してもらうしかない。
あー……自業自得とはいえ、これを話せば両親に怒られるだろうなあ。
お小づかいもしばらく減らされるだろうな。減らされるならまだしも、なしになる可能性も……。
わたしは小声でつぶやく。
「あれを、やるしかないのか」
わたしは今、放課後の教室にいる。
周囲にはだれもいない……というか、その時間をわざわざ選んだ。
それでもわたしは、慎重に辺りを見回す。
教室にはわたしひとりきり、廊下に誰かの気配もない。
「よし」
わたしはそうつぶやいて、机の上に置かれたものを見る。
古賀くんが忘れていったスマホは、相変わらず画面がバキバキに割れていた。
見たところ新品のスマホなので、弁償するとなればやっぱりわたしのお小づかいでは払えないだろう。
そうなると、やっぱりささっと修理しちゃうに限る。
お金じゃなくて、わたしの能力で。
わたしは、そっと右手の手袋を取る。
『右手の湿疹がひどい』というのは嘘なので、そこには湿疹どころか傷ひとつない。
だれかが来る前に終わらせよう。
すうっと息を吸ってから、わたしは右手でそっとスマホに触れる。
するとスマホが一瞬、強く光った。
わたしは恐る恐るスマホを見ると、スマホの画面はきれいに直っていた。
「やった! 成功した! わーい!」
わたしは思わず飛び上がって喜んだ。
ああ、成功してよかったなあ。
人様のスマホを余計にダメにするわけにはいかないから、緊張した。
わたしはもう一度、スマホを眺める。
これなら完璧だ。わたしが今日、踏んづけて画面が割れたとは思えない。
満足して右手に手袋をはめて、スマホを古賀くんの席に戻そうとした瞬間。
「いや、ちょっとまって」
わたしはそうつぶやいて、動きをとめる。
これ不自然だよね? だってきれいに直ってるんだもん。
画面が割れたはずのスマホがきれいになって自分の席にあった。
そしたら古賀くんは、喜ぶというより驚くだろう。いつのまに、って。どうして、って。
それならいっそのこと、わたしが家に持ち帰って、修理に出したということにしたほうがいいのかな。
そんなことを考えていると、教室のドアが開いた。
わたしはおどろいてドアのほうを見る。
入って来たのは、古賀くんだった。なんて最悪のタイミング!
古賀くんは、わたしとそれからわたしの机の上のスマホを見る。
「あれ? それ、おれの……」
「えっと、あっ、その、机に置きっぱなしだったから届けようかな、と」
「それはありがたいけど」
古賀くんはなんだか疑っているような目でいうと、こちらに近寄ってきてスマホを手に取った。
それからものすごく驚いた様子でいう。
「え、画面直ってる……なんで?」
古賀くんはそういって、わたしを見る。
「さあ? わたしは知らないよ」
「ぜったいになんか知ってるだろ!」
「ううん、なんにも知らない!」
「じゃあ、なんでおれのスマホが、あんたの席にあるんだ!」
そういって古賀くんは、わたしをにらむ。
言葉に詰まったわたしに、古賀くんはさらに続ける。
「なんかやましいこと考えてないか?」
「え? やましいことってなに?」
「おれのスマホを盗み見みる、とか」
「そんなことしないよ!」
わたしがそういうと、古賀くんはまた疑ったような目でこちらを見る。
古賀くんみたいな不良のスマホを盗み見たところで、何の得があるというのよ。
そう思ったけれど、不良にそんな本音がいえるはずもない。
それに古賀くんは結構モテることも思い出した。
整った顔立ちだし、背も高いし、運動神経は抜群。校則違反だらけの服装でなければ、怖がられずにもっとモテていただろう。
そんなふうに古賀くんを観察・分析しつつも、わたしはなんとかいい訳を考える。
「これはその、古賀くんが忘れていったみたいだから、届けようと思って、その……」
「本当かぁ?」
「うん。それにスマホ直ってるでしょ?」
「これ、あんたが直したのか?」
「いや、えっとそれは……」
わたしはそういうと、足元に視線を落とす。
本当のことをいったら、古賀くんは信じてくれるの? そもそもわたしの能力を知ったら、古賀くんにいいように使われるだけでは? 不良の修理担当なんて嫌だ!
わたしはそう考えて、口を開く。
「わっ、わたし、こう見えて手先がめっちゃ器用で……」
「器用ってレベルじゃねーし」
古賀くんは呆れたようにいうと、ため息をつく。
「いや、やっぱいいや。追求するのはやめる」
古賀くんはそういって、こう続ける。
「ま、直してくれたんならサンキューな」
そういった古賀くんは、ちょっとだけ笑った。
あれ? あっさりと引き下がってくれた。
古賀くんは鼻歌混じりにスマホを操作すると、その顔がどんどん青ざめていく。
「ゲームのアプリが……ない……。しかも、じいちゃんとばあちゃんと旅行した時の写真もない!」
「あっ! そっか、一カ月前に戻ったから!」
わたしはそういってから、慌てて口に手を当てるけど時すでに遅し。
古賀くんは不思議そうにわたしを見ていう。
「一カ月前ってどういうことだよ」
これは、本当のことを正直に話すしかなさそうだ。
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