最終話
「悠。……おい、悠」
肩を揺すられて、僕は目を覚ました。
「……ごめん、二十分も経ってた」
スマホを開くと、時刻は二十二時四十を過ぎたところ。
鬱陶しいほど眩く光る液晶を指先で閉じると、涼介が無言で手を差し出した。
「ありがとう」
軋む骨に力を込めて、引き上げられる。
両足に重さを感じながら、ぐっと伸びをした。
鼻から息を吸い込むと、硬い何かが奥でつまっている感触。
指で軽くほじると、乾燥して絵の具みたいに固まった鼻血が、パリッと砕けながら風に舞った。
全身が冷えている。
けれど、涼介に殴られた右頬だけはまだ熱を帯びて、じんじんと痛んだ。
「歩けるか?」
頷く。軽く屈伸をして、呼吸を整える。
「行こう」
その一言を合図に、僕らはまた頂上を目指して歩き始めた。
何も変わらない景色。何の変化もない現状。
けれど、たったひとつ違っているのは――
今は、並んで歩いているということだった。
休む前に繰り広げたさっきの殴り合いが、もう何日も前の出来事みたいに思える。
ぎこちなかった空気も、今では嘘のように穏やかだった。
「なぁ、悠」
僕が転けさせたせいで擦りむいた肘をさすりながら、涼介がぽつりと口を開いた。
「なに?」
「……なんかさ、気晴らしに音楽でもかけてくれよ。俺、スマホ持ってねぇから」
そう言われても困った。
僕のプレイリストにはジャズしかない。
せめてスイング系の明るいものを――と探していると、涼介が覗き込む。
「なんでもいいよ。この“お気に入り”とかで」
「あ、ちょっと」
横から勝手に操作され、お気に入りリストの一番上がタップされた。
スピーカーから音楽が流れ出す。涼介は耳を澄ましながら、首で小さくリズムを取る。
「これ、ポラリスで聴いたことある。たまにかかってるよな。なんて曲?」
「……Just the Two of Us。ジャズソングなら、まず最初に挙がるくらい有名なやつだよ」
「へぇ……なんか、澪が歌ってた曲に似てる。音の雰囲気とかさ」
確かにそうだ、と僕も思った。
ジャンルを飛び越える構成も、ピアノの艶やかな旋律も、あの歌に少し似ている。
気づいた瞬間、僕は1人納得した。
――そういえば。兄ちゃんも、この曲が好きだったな。
「何ニヤついてんだよ」
涼介が首を傾げ、頭の上に疑問符を浮かべる。
僕は「なんでも」と笑ってごまかした。
どうせなら、澪君もいる三人の時に話そう。
無事に帰れますように――そんな願掛けみたいな気持ちを込めて。
驚くだろう顔を一人想像していたとき、ふと涼介がサビを口ずさんだ。
「じゃぁった、どぅーおあす」
あまりに酷い発音に、思わず吹き出す。
「な、なんだよ」
「Just the Two of Usだよ。何、“じゃぁったどぅーおあす”って」
「うるせぇよ。そう聞こえるんだから仕方ねぇだろ」
ムキになって、そのまま歌い続ける涼介。
吹き下ろされる山風に負けじと、声量はどんどん大きくなる。
その陽気さは空元気に見えたけれど、無いよりはずっとマシだった。
やがて僕も、釣られるように声を上げる。
じゃぁったどぅーおあす。
じゃぁったどぅーおあす。
下手な歌声と共に。
大人を目指していた僕たちは、前に進むほど子供へと戻っていく。
その感覚が妙に楽しく、そして自然に思えた。
相変わらず、光源はところどころに立つ電灯だけ。
空には分厚い黒雲が垂れ、時おり小雨がパラつく。
そこへ場違いな僕らの感情がぶつかり、溶けて消えては、また空の間に散っていった。
そんなことを繰り返しているうちに、聞いていたサウンドが緩やかにフェードアウトし、終わりを迎えた。
落ちてきた静寂。それが妙に心地よくて、僕は次の曲の再生を止めた。
涼介も同じ気持ちだったのか、何も言わずに歩き続ける。
緩やかな足音だけが、夜の湿気を踏みしめていた。
そのリズムに合わせながら、今度は僕が「ねぇ」と声をかける。
「なんだよ」
「鹿島さんが言ってた、“暇つぶし”の話、覚えてる?」
「あー……まあ」
忘れとけよ、とでも言いたげに視線を逸らす涼介。
けれど僕は、さっき抱いたあの幼い無邪気さのままに、はにかんで続けた。
「まだ先長いし。眠気覚ましにどう?」
「……じゃあ、お前から言うんだったら」
水滴が頬を打った。
その感触が、別の痛みを呼び起こす。
僕は自分の首筋を手のひらでなぞった。
もう跡形もない。田中から受けた、あの爪痕を確かめるように。
「僕は今まで……いや、正直今でも、自分より劣っている誰かを、見下している」
言い直したのは、道中の事を思い出したから。
疲労と共に浮き出た苛立ちと怒り。結局はあれこそが”僕“という人間の性なのだ。
そんな心情を知ってか知らずか、目元を下げる涼介。
「お前、酷いな」
「でしょ」
白い吐息と一緒にこぼれた笑い声が、泡みたいに弾けた。
「“すべての不都合は、本人の能力不足”なんて考えで大人ぶって。それを他人にも押し付けながら、上へ行く努力をしない人に嫌悪感があった」
「でもいざ、親友と喧嘩して、縋っていた成績すらも下がって、親に現状を強く責められた時。真っ先に僕を傷つけたのは、僕自身が信条にしていた言葉だったんだ」
過ぎてきた日々を思い返すように、遠くの電灯を見つめる。
白い光が、レースのようになびく小雨に滲んでいた。
「痛いほど思い知ったよ。
僕は、安全な場所にいるときにしか偉そうでいられない。
船の上から、溺れている人に向かって“泳ぎ方も知らないのか”って叫んでるような……
そんな卑怯な人間なんだ」
グッと、飲み込むように息を吸う。
「これが、僕の“恥ずかしい話”だよ」
にっと、涼介が唇を引き延ばす。
「......鹿島さんが聞たら、怒りそうな内容だな」
「怒るかな?」
たぶんと、彼は言った。さっきまで遠かった電灯は、いつの間にか数歩先まで近付いている。
「恥ずかしい話とか言いながら、なんか嬉しそうだったじゃん」
「え、そんなことないよ」
咄嗟に口元へ手をやる。
ニヤついていた覚えはない――が、否定した自分の声は、どこか弱かった。
「表情っていうか、口調がそんな感じだった」
顔が熱くなるのが分かった。
僕はさっきの独白を、まるで誇らしげに語っていたのだ。
今この瞬間こそが、本当の“恥ずかしい話”なんじゃないか。
そんな羞恥に沈んでいると、隣でクスッと声がした。
「言わなきゃよかったのに」
「言わなきゃ、涼介の話聞けないし」
「そこまでして聞きたいか」
ポスッと、僕の頬へ拳が当たる。
「やめてよ」と軽く払いのけると、彼はわずかに笑った。
「悠はさ、その“卑怯な自分”に、悲しくはなんねぇの?」
難しい質問だった。だけど、出来るだけ考えず、思ったままを口にする。
「なるよ。絶望もする。……でも、後悔はしない」
せめてそれだけは、嘘にならないように。
僕は意識して語気を強めた。
「自分の中の醜さを知ってるからこそ、そこから離れようと出来る。
“どうせ自分なんて”って諦めずに前へ進む限り――
僕は、せめて僕自身に負ける事は、ないと思うんだ」
「そう決めた自分に満足したいから。……後悔は、したくない」
相変わらず、歯切れの悪い。
そう溜息が出かけた時、先に涼介が息を吐いた。
「すげぇな。お前」
「なんだよ、もう」
揶揄われたと思い脇腹を突く。
「やめろって」
小走りで距離を取り、逃げる涼介。
「本当にそう思ったんだよ。悠といい澪といい……皆んな俺を置いて成長しちゃってさ」
遠ざかった背中。振り向きながら泣き笑いのように綻ぶ、その表情。
「俺ばっかり、ガキのままだよ」
「そんな事、ないよ」
離れた間を埋めるように、僕は大股で歩いて行く。
「涼介は、当たり前みたいに人を助けるし、気に掛けた人を絶対に見捨てない。
ぶっきらぼうで口は悪いけど、相手を傷つけることは言わないし。
僕なんかより、ずっと大人だよ」
「違う。鹿島さんが、そうだからだよ」
ザッと。
近づく僕に押し返されたかのように、涼介は一歩、後退った。
「俺はずっと、鹿島さんの真似をしてるだけなんだ」
その目元に、寂しさが宿る。
「俺さ。ちっさい頃、父親が大好きだった。よく俺のことを気にかけてくれてさ。
勉強なんかも見てくれて、誰かと喧嘩したら“どうしてそうしたのか”って、根気強く聞いてくれたりな」
「でもある日、いきなり言われたんだ。――“君は僕の子供じゃない”って」
顎を下げ、弱々しく伏せられた目線がどこまでも幼なくて、その大きな体が萎んでいくように見えた。
「母親が別の男と作った子供だったんだよ、俺は。
それがバレて両親が離婚することになってさ。去り際に言われたセリフは、今でも覚えてるよ。
“親がダメなら、子もダメになる”って。母親と一緒に住み始めて、より強くその意味を感じた。
あぁ確かに、俺はこの人と同じ血が流れてるって」
僕の足が軋みながら止まった。
広がったままの空間。遠ざけられた空気。だけど声だけは、よく届く。
「ある時、母親が妊娠したんだ。心底、俺は悲しかったね。
ああ、この生まれてくる弟か妹にも、俺と同じような人生を背負わせるのかって」
「切羽詰まりながらさ、必死で出来ること探したよ。
バイト増やして、金貯めて、子育てのこと調べて。絵本なんか買ったりしてさ。
だけど結局、生まれてくることはなかった。……堕したんだ。母親が、なんでもないように」
何かがチラッと、真上で灯る電光に反射した気がした。
それは彼の目から流れたものだろうか。僕には分からない。
「そんな中、鹿島さんと出会ったんだ。ほとんど初めて会った、まともで格好いい大人。
あんな人、憧れんなって方が無理だろ。鹿島さんみたいになりたかった、追いつきたかった。
でも俺は、ずっと言われた約束も守れない、成長しないままで」
「こんな奴が、自信持つなんて……無理だろ」
嗚咽のような掠れ声。
言葉を持てず、棒立ちするしかない僕。
一体、何を伝えればいいのか。
「……これが俺の“恥ずかしい話”。あとお前が知りたがってた、自分を卑下する理由」
顔を手のひらで拭うと、涼介は夜風の吹く方へ体を向けた。
「そろそろ行こうぜ」と促され、僕らはまた上を目指して歩き出す。
少し駆け足になって、無理やり隣へ並んだ。
涼介は嫌な顔をしなかった。ただ無言で、それを受け入れた。
止むことを知らない風が、汗の滲んだ首筋を撫でる。
その沈黙が、妙に長く感じられた。
何か話さなければ――そう思って、必死に言葉を探す。
「涼介。その.....生まれてくる予定だった子に買った絵本って、どんなやつ?」
口にした瞬間、しまったと思った。
どうして一度、止まって考えなかったのだろう。
怒られるかと思った。けれど涼介は、なんでもない調子で答える。
「ブリキの人形が、色んな場所旅するんだよ。なんか、ずっと昔からある有名な絵本って店員から聞いて」
「え.....それ、僕も読んだ事あるよ」
「マジか」
驚く僕ら。「どんな内容だっけ」と僕が思い出していると、涼介が自分のカバンを急に漁り始めた。
「読んでみるか」
そうして出てきたのは、白い背景にカクカクした形のブリキ人形が描かれた、汚れのない綺麗な絵本。
「なんで持ってるの?」
「いいだろ、別に。あの下行くか」
そうして指刺されたのは、もう何個目かも分からない、僕らを導き続けてくれている電灯の真下。
そこまで歩き、腰を下ろす。
涼介と僕は体を寄せ合い、お互いの膝の真ん中に本を乗せた。
そうして、目を走らせながら文字を追う僕ら。
『小さな町のおもちゃ屋さん。
その入り口には、ガラスでできた大きなケース。
中には、たくさんのおもちゃたちが並んでいました。
おじいさんは猫を撫でながら、毎日言いました。
「おまえたちは、小さな子どもを喜ばせるために生まれてきたんだよ」
柔らかい綿のうさぎさんも。
かっこいいロボットくんも。
みんなみんな、おじいさんの言葉にうなずき、
早く自分を欲しがる子どものもとへ行きたいと願っていました。
けれど、ブリキの人形だけは違いました。
彼は、子どもたちのもとへは行きたくなかったのです。
「僕は、あの窓の外を自由に旅したい」
それが、彼の口ぐせでした。
まわりのおもちゃたちに「変なの」と言われても、彼は気にしません。
時計の針が何度もぐるぐる回っても、
ブリキの彼はずっと外へ出たいと願い続けていました。
そんなある晩のこと。
スヤスヤ眠っていると――ギィ、ギィ、と音がします。
パチッと目を開けると、ガラスの扉が開いていました。
きっとおじいさんが、閉め忘れたのでしょう。
ブリキの彼はガシャンと立ち上がり、扉の前に立ちました。
すると、うしろから声がします。
「行っちゃダメだよ」
言ったのは、うさぎちゃんでした。
「どうしてダメなの?」
ブリキの彼がたずねると、うさぎちゃんは言いました。
「おじいさんが毎日言ってるでしょ?
わたしたちは、小さな子どもを喜ばせるために生まれてきたの。
あなたが行っちゃったら、あなたを欲しがる子どもがきっと悲しむわ」
ブリキの彼はしばらく考えました。
けれど、やがてガランと足音を立てて扉の端に手をかけました。
「きっと、その通りだと思う。
だけど僕は、誰かの言葉で生きることも、ないと思うんだ」
そう言って、ブリキの彼はピョーンと飛び出しました。
窓の下の小さな出口を抜け、初めての世界を見上げると、
そこには大きく光るお月さま。
「もっと近くで見てみたい」
ブリキの彼は走り出します。
ガランゴロン。ガランゴロン。
そのにぎやかな音に釣られて、いろんな動物たちがやってきました。
大きな犬が言いました。
「こんな夜中に、なにしてるんだい?」
「素敵な旅をしているんだ」
「おもちゃなのに?」
犬は笑って去りました。
今度はネズミさんが聞きました。
「どこへ向かうんだい?」
「ちょっと、あのお月さままで」
「その小さな足でかい?」
そう言って笑い、ネズミさんも去りました。
誰も彼も、ブリキの彼を笑います。
けれど彼は気にしませんでした。
それよりも、胸をガラガラ高鳴らせる不思議な気持ちのまま、走り続けます。
すると、カラン。カラン。と音がしました。
見上げると、さっきまであった月が消え、
かわりに黒い雲が空を覆い、雨が降り出しました。
やがてザーザー激しくなり、ブリキの彼を濡らします。
体は錆びて、動くたびにギーギー音がしました。
それでも足音だけは変わりません。
ガランゴロン。ガランゴロン。
その音を聞くたびに、彼は嬉しくて、楽しくて、堪らなくなりました。
やがて雨も止み、町でいちばん高い丘へたどり着きます。
雲をかき分けて、また顔を出したお月さま。
だけど、まだまだ遠くて届きません。
辺りを見渡しても、これ以上高い場所はなく、
ブリキの彼はガックリとうなだれました。
錆びた体をさすり、帰ろうと振り返ると――
そこには一面、ピカリピカピカと輝く町の灯り。
「なんて、素敵」
そうつぶやいて、ブリキの彼はまたくるりと振り返り、
今度は丘の向こうへと歩き出します。
ギーギー首を鳴らしながら、
「今度はどこへ行こうか」と、ガランゴロン足音を響かせて』
「……これ、対象年齢何歳だ?」
訝しげに裏表紙を覗く涼介。
「けっこう難しい内容だよね」
「絶対、0歳向けじゃねぇだろ」
「あの店員め」と言いながら、本をぱたんと閉じる。
ハハッと笑って見上げた空には、相変わらず黒い雲。
絵本と似た状況だからだろうか。
あの世界に迷い込み、僕ら自身がブリキの彼になったような錯覚に包まれる。
「生きる意味、かぁ」
「どうしたんだよ、急に」
首を振って、「いや」と小さく呟く。
「このブリキ人形はさ、ちゃんと“生きる意味”を見つけられてて、すごいなって」
「旅することが生きる意味って、さすがに単純すぎね?」
「そうかな」
僕は涼介の横顔を覗き込む。
「……涼介の“生きる意味”って、なんだっけ」
「あぁ?」
こちらを訝しむように視線を向ける彼に、僕は笑って返した。
「いいじゃん、答えてよ」
少し間を置いて、涼介が口を開く。
「……鹿島さんが生きてるうちに、ちゃんと大人になること。
せめて、約束を守れる人間になりたいんだ。俺はずっと、破ってばっかりだから」
「じゃあさ。もし鹿島さんが生きてるうちに、それが出来なかったら――涼介は、死んじゃうの?」
「……ほんと、どうしたんだよお前」
軽く笑うような口調だったが、その目には確かな怒りが宿っていた。
だけど、もう怯える事はなかった。
気に入らないなら、また殴ればいい。
そう思いながら、僕は言葉を重ねる。
「鹿島さんが生きてる間に、涼介が“約束を守れる人間”になったとしても――
それを認める鹿島さんがいなくなったら、涼介の“生きる意味”はなくなっちゃうよ」
「うるせぇよ」
そう言って、またそっぽを向く涼介。
「……じゃあ、お前の“生きる意味”はなんなんだよ」
それを問われて、僕は押し黙った。
人に尋ねておいて、自分の答えを持っていなかったことに気づく。
喉の奥が熱くなり、謝りたくなった。
「ロクに言えねぇくせに、人にばっか聞くなよ」
「……うん」
絵本をしまい、風を切るように立ち上がる涼介。
それに続くように、僕もまた歩き始めた。
また訪れてしまった、無言の道中。そこから意識を逃すように、僕はさっき自分て言った“生きる意味”について考えていた。
それは、大人になることとは少し違う。
いや、きっと同じだけど、もっと奥にある“問いかけ”......そんな気がする。
もちろん、思考を単純化すれば無理やりにでも解決できる。
でも、それはどうしても嫌だった。
正解が欲しかった。確固たる、揺るがない正解が。
そう――それこそ、さっきのブリキ人形が見つけた“旅”のような。
さっきまで早く頂上に着けと思っていたのに、到着間近になって、辿り着きたくなくなってしまった。
抱いてしまった疑問。その答えを見つけないまま、この旅を終わらせたくなくて。
だけど、今までずっと進み続けてきてた足取りは、目的の場所である高原の頂上で、ついに途絶えてしまう。
一段と冷え込む気温。
発電用に立てられた三本の大きな風車が、重く低い風切り音を鳴らしている。
僕らは広い駐車場の間をしばらく抜け、濡れたベンチへと腰を下ろした。
言い示したように、二人で上を向く。
分かってはいたが、空は晴れることなく、ずっと曇ったままだ。
期待もしていなかった奇跡は、起きなかった。
唯一の救いは、雨が止んだことぐらいだろうか。
疲労と落胆の息を漏らすのは、なんとか耐えた。
それをしたら、いよいよ泣きたくなってしまう。
しばらく、何も考えたくなくて、ぼうっと空を見つめ続ける僕と涼介。
とりあえず到着したという安心からだろう。耐え難い眠気が襲って、欠伸をした。
ぼやける視界。その中に、何かおかしなものを見つける。
「……なんだ、あれ?」
目を擦り、よく凝らして見つめる。
何もないはずの空の中に、黒板のチョーク跡みたいな白いモヤが、縦に引かれている。
最初は雲かと思った。だがしかし、明らかに風で動いていない。
そしてその時。
ひときわ大きな強風が吹いた。
風車の羽が――ゴウンッ、と鳴り響く。
「うっわぁ……」
その重低音と共に、一斉に流れた雲の割れ目から溢れ出したのは。
数えようとも思えないほど、隙間なく敷き詰められた星の数々。
さっき見えていたモヤは、天の川だったのだ。
その証拠に、星空を分けるようにスーッと、どこまでも乳白色の線が伸びている。
言葉を失った。何に例えていいのかすら分からない。
あまりの雄大さと広がりに、僕は瞼を閉じる。
しかし瞳に焼きついた光の粒は、そのまま閉じた裏側へ反射し、
さっきよりも、ずっと近くにあるように映し出した。
――そう、それこそ、手を伸ばせばすぐ掴めそうな。
そのままグイッと伸ばした指先へ触れたのは、涼介の掠れ笑い。
「何してんだよ」
「……うるさい」
照れ笑いと共に肩を寄せ合い、僕らは空を見つめ続ける。
「綺麗だな」
「うん」
それ以外の言葉は不要だった。
むしろ、その言葉以外でこの光景を表現してはならない気がした。
「なぁ」
「何?」
涼介が僕を見る。
「また来年も、見に来ないか?」
何も言わずに、僕は頷いた。
それでよかった。
それだけで、僕らにはもう、十分だったから。
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