12.豪腕ゲーマーと初心者の夜 その3

 権田さんの、あまりにも熱すぎるゲーム哲学。

 大学生たちは、完全にその気迫に呑まれ、ただただ頷くことしかできなかった。


 そして、ここからが、地獄の特訓の本番だった。

 一人の男子学生が、どのカードを取るか迷い、うーん、と唸りながら腕を組んだ。

 その瞬間、権田さんの檄が飛んだ。


「迷うなッ! 思考は筋肉を鈍らせる! 貴様の魂は、どちらのカードを欲しているんだ! 感じろ! 盤面の流れを、その肌で感じ取るんだ!」


「え、ええと……」


「ええと、ではないッ!」


 権田さんは、学生の腕を掴むと、半ば強引にカードに叩きつけさせた。


「これだ! 魂が欲しがるカードを掴み取れッ! 結果なぞ、後からついてくるわ!」


 もはや指導ではない。ほとんど脅迫だ。

 また、別の女子学生が、あまり効率の良くない宝石トークンの組み合わせを取った。

 それを見た権田さんは、天を仰いで嘆いた。


「甘いッ! その一手は、あまりにも未来への投資を怠っている! なぜだ!? なぜ、もっと貪欲にならんのだ!」


「す、すみません……」


「謝罪はいらん! 貴様に足りないのは、決断力と、それを支える肉体だ! 精神の弱さは、肉体の弱さから来る!」


 権田さんは、テーブルの横のスペースを指差す。


「腕立て伏せ20回だ! 今すぐやれッ! 話はそれからだ!」


「えええええええ!?」


 女子学生の悲鳴と、周りの客たちの「何事だ?」という視線が突き刺さる。

 俺は、慌てて「権田さん、店内での筋トレは……!」と止めに入ろうとしたが、権田さんの「やるんだ!」という一喝に、彼女は泣きそうになりながらも、床に手をつき始めた。


 この店は、なんなんだ。

 ボードゲームカフェだよな? いつの間に、スパルタ式のジムになったんだ?


 大学生たちは、恐怖に支配されていた。

 だが、その恐怖が、一周回って、奇妙な化学反応を生み出し始めたのだ。

 腕立て伏せを終えた女子学生が、ぜえぜえと息を切らしながら席に戻り、自分の番を迎えた。彼女は、権田さんの圧に怯えながら、先ほど彼が言っていた通り、敵(友人)が欲しがりそうなカードを、思い切って確保した。

 そして、彼女は、かすれるような声で、呟いた。


「……う、奪い取り……ました」


 その瞬間、権田さんの表情が、わずかに緩んだ。


「……そうだ。その気迫だ。忘れるな」


 彼は、初めて、指導の対象を褒めたのだ。


 その一言が、突破口だった。

 恐怖の中で、一条の光を見出した大学生たちは、理解したのだ。


「この巨大な教官を満足させるプレイをすれば、生き残れる」と。


 次の手番の学生が、カードを取る際に、叫んだ。


「このカードを、俺は『奪い取り』ます! パワァァァッ!」


「よろしい!」


 権田さんが、満足げに頷く。

 それからは、もう、連鎖反応だった。


「私も、この宝石を『掌握』します!」


「敵の野望、ここで『粉砕』する!」


 彼らの声は、次第に大きくなっていく。

 恐怖は、いつしか、奇妙な熱狂と一体感に変わっていた。

 彼らのテーブルは、もはや静かな戦略ゲームの場ではなかった。

 雄叫びと気合が飛び交う、スポーツ漫画さながらの熱血空間と化していたのだ。

 俺は、カウンターの向こうで、その異様な光景をただただ呆然と眺めていた。

 大学生たちは、完全に権田さんのペースに染まりきっている。その目は、最初に店に入ってきた時のような、穏やかなものではなかった。

 闘争心と、勝利への渇望にギラつく、獲物の目だ。


 まさか……あの権田さんに、人を指導する才能が……?

 いや、違う。これは指導じゃない。洗脳だ。

 そうじゃなければ、ボードゲームカフェの店内で、大学生が腕立て伏せを始めるわけがない。


 そして、彼らのボルテージが最高潮に達した時、ついにゲームの決着の時が訪れようとしていた。

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