13.豪腕ゲーマーと初心者の夜 その4
権田さんのゲキが飛び交う熱狂の中、ついにゲームの決着の時が訪れた。
勝利したのは、最初に腕立て伏せをさせられた、あの女子学生だった。
彼女は、最後の手番で、権田さんの教えを忠実に実行した。
「このカードを……『奪取』します! これで、私の帝国は完成です!」
その宣言は、もはや恐怖に怯える子羊の声ではなかった。勝利を確信した、女王の風格すら漂っていた。
「……勝負あり、だな」
権田さんが、静かに呟いた。
その言葉を合図に、大学生グループは「うおおお!」「やったー!」と、まるでスポーツの大会で優勝したかのような歓声を上げた。彼らは互いの健闘を称え合い、そして、その輪の中心にいる指導者――権田さんに向き直った。
「権田さん!」
リーダー格の青年が、キラキラした目で権田さんを見つめる。
「マジ、あざっした! 今までで一番、このゲームが楽しかったです!」
「私もです!」
「腕立てした甲斐がありました!」
「また教えてください!」
口々に寄せられる、純粋な感謝と尊敬の言葉。
その賞賛の嵐を、権田さんは仁王立ちで受け止めていた。
しかし、その表情は、いつものような自信に満ちたものではなかった。
彼は、どこか居心地悪そうに視線をさまよわせ、やがて、ガシガシと乱暴に自分の頭をかいた。
「フン……」
その声は、いつもより、少しだけ小さかった。
「まだまだヒヨッコだ。お前らは。もっと……その、なんだ。鍛えやがれ」
照れている。
あの権田さんが、照れているのだ。
俺は、カウンターの向こうで、見てはいけないものを見てしまったような、不思議な気持ちになった。
彼はただの脳筋モンスターではなく、不器用で、お節介で、そして、誰よりもゲームを愛している、ただの一人のゲーマーなのかもしれない。
権田さんは、学生たちに背を向けると、どこか満足げな、しかし照れくさそうな顔でカウンターに戻ってきた。
そして、俺が差し出したオレンジジュースを、いつもより少しだけ、穏やかな表情で飲んだ。
平和だ。
なんて平和な結末だろう。
たまには、こんな夜があってもいいのかもしれない。
俺が、そんな風に感慨にふけっていた、まさにその時だった。
カラン、と店のドアが乾いた音を鳴らす。
「あら、ずいぶんと静かですこと」
「どうやら、我々が来るのが遅すぎたようだな」
店のドアを開けて入ってきたのは、氷の女王・冴子さんと、メガネの策士・影山さんだった。
彼らは、いつもと違う店内の穏やかな空気と、カウンターで静かにジュースを飲む権田さんの姿を見て、不思議そうな顔をしている。
冴子さんが、権田さんの隣に座ると、くすりと笑った。
「まあ、権田さん。嵐が過ぎ去った後のように、おとなしいですこと。まるで、すっかり牙を抜かれてしまった猛獣のようですわね」
その一言が、リセットボタンだった。
「あ゛あ゛!?」
権田さんの表情が、瞬時にいつもの戦闘モードに戻る。
「誰が猛獣だ、コラァ! てめえら、遅えんだよ! 今すぐ勝負だ! 今日こそ、そのひん曲がった根性を、俺のダイスで叩き直してやる!」
「はいはい、元気なことで」
「その威勢がいつまで持つかな」
ああ、戻ってきてしまった。
いつもの『チェックメイト』が。
さっきまでの、あの少しだけ心温まるような光景は、まるで夢だったかのように消え去っていく。
俺は、あっという間に再燃した舌戦をBGMに、空いたグラスを下げながら、小さく苦笑した。
あの大学生たちは、権田さんのほんの一つの側面を見たに過ぎない。そして、俺もまた、彼の新たな一面を、ほんの少しだけ垣間見た。
カウンターの奥で、店長の神楽坂が、その全てを実に楽しそうに眺めていた。彼は、磨き上げたグラスを光に透かしながら、静かに、そして満足げに呟いた。
「……素晴らしい。猛獣使いの才能までお持ちでしたか、彼は」
その言葉の意味を、俺は深く考えないことにした。
この店では、それが一番の生存戦略なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます