11.豪腕ゲーマーと初心者の夜 その2
ズン、ズン……。
権田さんの巨体が、一歩、また一歩と、大学生たちのテーブルに近づいていく。
その歩みは、まるで獲物を追い詰める肉食獣のようだった。
テーブルを囲んでいた大学生たちの楽しげな会話が、ピタリと止まる。
笑い声が消え、カードをめくる手が止まり、全員の顔が恐怖に引きつっていくのが、カウンターからでもはっきりと見えた。無理もない。どう見てもカタギとは思えない大男が、自分たちのテーブルに向かって、殺気にも似たオーラを放ちながら直進してきているのだ。
「ま、まずい……!」
俺は、慌ててカウンターから飛び出した。止めなければ。大学生たちが泣き出す前に、店の備品が破壊される前に、俺が、この怪獣を止めなければ!
「権田さん! お客様が、その……!」
俺が声をかけるのと、権田さんがテーブルに到着したのは、ほぼ同時だった。
大学生グループの中で、リーダー格らしき青年が、震える声で言った。
「あ、あの……な、何か……?」
権田さんは、彼らの言葉には答えなかった。
ただ、その鋭い視線で、テーブルの上に広げられたゲーム――色とりどりの宝石トークンとカードが並ぶ『宝石の煌き』を、じろり、と一瞥した。
そして、重々しく、静かに口を開いた。
その言葉を、俺は、そしてその場にいた誰もが、聞き間違えたかと思った。
「……おい、お前ら」
権田さんの声は、低く、そして真剣だった。
「宝石の取り方が、なってねえ」
「…………へ?」
大学生グループも、そして俺も、間抜けな声を上げた。
怒鳴られるでもなく、脅されるでもなく、ただ、純粋なダメ出し。
予想外すぎる展開に、全員の思考がフリーズする。
権田さんは、そんな俺たちの混乱などお構いなしに、空いていた椅子を引くと、ドカッと腰を下ろした。ギシリ、と椅子が悲鳴を上げる。
「いいか、よく聞け」
彼は、テーブルの上にある緑色の宝石(エメラルド)のトークンを、ゴツイ指でつまみ上げる。
「この宝石は、ただの緑のプラスチックじゃねえ。こいつは『力』だ。お前らの帝国を築くための、礎となる『パワー』そのものなんだよ」
「は、はあ……」
学生たちが、戸惑いながらも頷く。
「それを、お前らはどうだ。まるで道端の石ころでも拾うみてえに、ひょい、と取っている。違うだろ」
権田さんは、一度、目を閉じた。そして、カッと目を見開くと、まるで雷を掴むかのような勢いで、テーブルの上の宝石トークンを鷲掴みにした!
「『奪い取る』んだよ! 敵(ほか)のプレイヤーが喉から手が出るほど欲しがっているその宝石を! その野望ごと、根こそぎ奪い取る! その気迫が、まず足りてねえ!」
権田さんの、あまりにも熱のこもった演説。
それは、もはやゲームのインストラクションではなかった。人生の、あるいは戦いの哲学を説いているかのようだった。
大学生たちは、完全に彼の気迫に呑まれていた。
俺は、ただ呆然と、その光景を眺めていた。
てっきり、テーブルをひっくり返すか何かすると思っていたのに……なんだ、これは。
ただの、ものすごく熱血で、ものすごく圧の強い、ゲームのお節介……?
権田さんの、奇妙で、不器用で、そして誰よりも熱いプライベートレッスンが、今、始まろうとしていた。
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