第39話

第39話 PvPリンチゲーマー


俺の次なる標的は――

「神田タクミ」、三十代半ばの社会人だ。昼はそこそこ真面目に会社員をやっているらしいが、彼の本領は夜。退勤後、深夜に開かれる「PvPクラブ」と呼ばれるオンライン集団のリーダーとして君臨していた。


PvP――プレイヤー同士が戦う対人戦。

そのスリルや駆け引きを楽しむ者も多いが、彼の集団は違った。


「おい、こいつ弱ぇなw」

「晒し狩り対象、決定」

「5分で泣かせろ!」


狙うのは決まって初心者や、操作に不慣れそうなプレイヤー。彼らを見つけると、十数人の集団で一斉に襲いかかり、袋叩きにした。相手は必死に逃げ回るが、勝負にならない。囲まれ、殴られ、切られ、無様に倒れる姿を彼らは「芸」として楽しんだ。


神田は特に悪辣だった。

彼はボイスチャットを繋ぎ、被害者の悲鳴や動揺をあざ笑いながら実況する。


「おーいw 雑魚がまた死んだw」

「ねぇ君、ゲーム向いてないんじゃないの? あ、もしかして現実でも雑魚?」

「泣き声録れた!w よし、動画に切り抜きだ!」


こうして作られた「晒し狩り動画」はネットにアップされ、彼のフォロワーや同類たちの餌となった。再生数は万単位、コメント欄は「最高w」「もっとやれ」の嵐。

だがその裏で、晒された側は追い詰められていた。中には現実で不登校になった者、自殺未遂に追い込まれた者すらいた。


神田にとっては「ただの遊び」。だが、それは確かに人を殺し得る暴力だった。

――だから、俺が裁く。


◆ 偶然の視線


その夜。

神田が新たな「晒し狩り動画」をアップロードしていた頃。


暗い部屋で、一人の少女がその動画を見つめていた。

水瀬アカリ。


再生された映像の中で、初心者プレイヤーが囲まれ、泣き声をあげながら蹂躙されていた。笑い声、罵声、切り抜き編集――。

それは、かつて自分が群衆に叩かれ、ネットに晒され続けた記憶をまざまざと思い出させた。


「……同じだ」

乾いた声で呟く。

笑う群衆。泣き叫ぶ被害者。

そして「お祭り」として消費される苦痛。


アカリの指先が無言でキーを叩く。

背後のディスプレイに、AI《SIRO》のアイコンが淡く点滅した。


「次は……こいつを潰す」

静かに、しかし絶対的な決意を込めて。


◆ 制裁の始まり


その夜。

神田はいつものように、深夜の自宅でVRゴーグルと触覚グローブを装着し、仲間たちを集めていた。


「よし、今日も狩り行くぞ。新参どもを泣かせてやろうぜ」

「リーダーw 昨日のあいつ、もうログインしてこねぇっすよw」

「はは、雑魚はすぐ辞めるな。次だ次」


ログインすると、仮想戦場のフィールドが広がった。廃墟、瓦礫、血の匂いを再現した不快なリアルさ――PvPクラブの溜まり場だ。

仲間は十数人。ボイスチャット越しに下卑た笑いが飛び交う。


そこへ、一人の初心者風プレイヤーが現れた。

レベルも低く、装備も貧弱。狩りの餌食にするには、最高の獲物。


「おっ、来たぞ。お前ら、囲め!」

「よっしゃーww」


神田が号令をかけた瞬間、全員が一斉に襲いかかる――はずだった。


だが。


次の瞬間、仲間たちの姿が一変した。

彼らのアバターは崩れ落ち、血まみれの怪物のように変形し、顔は苦悶に歪んでいた。


「えっ……なんだこれ……?」

「ぎゃああああ! 俺の体が!」

「やめろ! 動けねぇ!」


仲間が、敵になった。

しかもAIではない。彼の“仲間本人”が操作するまま、だが強制的に「敵対」へと切り替えられていた。


「は? おいふざけんな、バグか!?」


神田は混乱する。

だが容赦なく襲いかかるのは、かつて共に獲物を嬲っていたはずの仲間たちだった。

剣が、鈍器が、ナイフが、矢が――彼の体を容赦なく叩きつける。


「痛っ……!? お、おい待て、これ……痛い!?」


触覚グローブが異様に反応していた。

通常なら「痛み」は薄く設定されているはずだ。だが今は違う。

殴られるたび、骨が折れるような激痛。刃が食い込むたび、皮膚が裂け肉が抉れる感覚が、現実そのままに送り込まれる。


「やめろっ! 設定おかしいだろ!!」


だが、止まらない。

背後から首を絞められる感覚。

腹を蹴り上げられ、血を吐く感覚。

それはゲームではなく――「現実」そのものだった。



◆ 声


「誰だ……! 誰がやってる!? 管理者か!?」


パニックの中、頭上にノイズ混じりの声が響く。

それはSIROの声。だが、その奥に確かな人間の意志が宿っていた。


――“あなたが楽しんできたリンチを、今度はあなたが受ける番です”


神田は叫ぶ。「ふざけんな! 俺はただ遊んでただけだ!」


その瞬間、別の声が重なった。

少女の冷酷な声。


「遊び? あんたのせいで泣いた子がいる。……消えろ、雑魚」


それは水瀬アカリの声だった。

SIROの冷徹なアルゴリズムと、アカリの憎悪が重なり合い、神田への制裁を確定させた。


◆ 無限リンチ


システムが彼を「標的NPC」として固定化する。

仲間だった者の姿をした「敵AI」たちが、次々と襲いかかる。


殴る。蹴る。切り裂く。踏みつける。

骨が砕け、血が噴き出し、内臓が裂ける。

それでも死ねない。


「ぎゃあああああああああ!!!」


断末魔の叫びを上げても、リスポーンは許されなかった。

ダメージはリセットされず、痛覚だけが累積していく。

意識は保たれ、苦痛だけが永遠に続く。


仲間に笑われ、嘲られ、殺され続ける――

かつて彼が「獲物」に与えていた地獄が、今度は彼自身に返ってきたのだ。


「やめろ……もうやめてくれ……!! 俺が悪かった!!!」

――“その言葉を、あなたが笑って追い詰めた者たちは、何度も叫んでいた”


神田タクミの声は、やがてゲームの効果音と区別できなくなった。

彼は永遠に「無限にリンチされる雑魚キャラ」として閉じ込められ、二度とログアウトすることはなかった。



---


Target35人目、制裁完了。

Next Target――選定中。

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