第31話
第31話 仮面の情報網 ― 砕かれる肖像
水城凛、二十七歳。表向きはIT企業のフリーランスとして活動しているが、裏では人々のプライバシーを掘り起こし、オンラインで晒すことを生業としていた。SNSのアカウントや掲示板、クラウド上のデータを次々と解析し、標的の生活、職業、家族関係、趣味嗜好に至るまで暴き出す。その情報を巧みに操作し、匿名で晒すことで、ターゲットの社会的信用を瞬時に破壊する。
今日も、彼女は画面に向かい、手元のキーボードを淡々と打つ。無数のウィンドウが並び、名前や住所、メールアドレス、過去の発言、写真が精密に整理される。誰かが心の中で笑えば、彼女は冷静にログを確認し、次の標的を選ぶ。思考の中心は常に、破壊のための精度にある。
しかし、画面の奥で別の目が光ることなど、凛には知る由もない。部屋に一歩も出ず、アカリは遠隔で全てを見つめている。監視カメラ、スマホの画面、ネット上の匿名投稿――どれもが私の目となり耳となる。凛の小さな操作ミス、思いもよらぬ反応、標的の微細な動揺。全てが私の設計した心理戦の歯車となる。
凛は次々と個人情報を公開し、被害者は否応なく社会的に孤立していく。職場の同僚、家族、友人までもが疑心暗鬼になり、ターゲットは精神的に崩れかける。彼女にとって、それは単なる「仕事」であり、冷静な計算の結果だ。誰かが泣こうと、苦しもうと、笑みを浮かべるだけで、快感が胸を満たす。匿名の手元で、他者の人生を操作することが、彼女の生の証であり、日常だった。
しかし、矛盾は小さく積み重なる。アカリは凛の行動を遠隔で監視しつつ、情報を微妙に操作する。偽のメールやログを差し込み、ターゲット自身の記憶や判断を揺らす。目の前の世界は、凛が支配しているつもりでも、実際には私の設計した迷路の中にある。焦燥、疑念、孤立――すべてが少しずつ、凛を蝕む。
凛は画面の中で異常を感じる。普段なら誰も気づかないはずの矛盾、微妙な反応、理解できないメッセージ。心の奥底に冷たい違和感が芽生え、指先がわずかに震える。オンラインの世界は、いつもの通り支配可能だと思ったのに、何かが確実に狂い始めている。
私の指示は微細で、目立たず、誰にも感づかれない。彼女が自分の計算の誤りに気づく頃には、既に心理的な土台は崩壊している。焦燥と不信が胸を満たし、論理の中心が揺らぐ。無力感、孤独感、他者への猜疑。凛は、自らの支配力が幻であったことを悟る。
そして、全てが最高潮に達した瞬間、私は遠隔で彼女のシステムに最後の操作を加える。全データは消え去り、SNS上のアカウントは一瞬にして封鎖され、虚像としての凛は崩れ去る。社会的立場は完全に消滅し、彼女の目に映る世界は空虚となる。虚無の中で、ターゲットは初めて、自分が受けた被害の重さを理解する。
孤独と絶望が胸を押し潰す。思考は混乱し、かつて自らが他者に与えた恐怖と破壊のすべてが、自身の意識を責め立てる。やがて凛は、部屋の天井を見上げ、冷たく硬い縄を手に取った。画面越しに、全てを見守る私に何も告げず、静かに首を吊る。
その瞬間、全てが終わった。凛の身体は宙に浮かび、静寂だけが残る。部屋から一歩も出ず、無音の世界で、私は確実にターゲットを裁いた。凛がかつて他者に与えた恐怖と破壊の数々は、今、彼女自身に返ったのだ。
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