第27話

第27話 偽善者の神父


(Target No.24)


その神父――マルク・ロワは、街では聖人と呼ばれていた。

彼の説法は柔らかく、耳に優しい。どんな悪人であれ「人は必ず変われる」と信じ、どんな罪も赦すことが神への道だと語った。確かに、彼に導かれて酒や麻薬を断った者もいた。しかし、それは本当の改心ではない。


アカリから見れば、それは「牙を一時的に隠しただけの獣」にすぎなかった。


マルクは「悔い改めを口にした者」を、例外なく受け入れた。

殺人者も、強姦犯も、窃盗常習犯も。

「彼らは新たな人生を歩むべきだ」と。


しかし、現実は残酷だ。

その「救われた者」たちは、陰で再び牙を剥いた。

表では十字を切り、裏では笑いながら血を流す。

街では、彼の教会から送り出された「元・罪人」たちによる事件が相次いだ。

襲われた者の中には、再起不能の後遺症を負った者もいる。

ある少女は、マルクが庇った暴行魔により人生を壊され、失踪した。


そして――ついに、マルク自身の家族にもその刃が向いた。


その夜。

マルクの妻エリザは、買い物帰りに路地裏で捕まった。

捕まえたのは、かつてマルクが救ったはずの二人組の強盗だった。

袋を被せられ、全身を縛られ、暗い倉庫に引きずり込まれる。

暴力は一晩中続き、最後には体を切り刻まれ、内臓を床に撒き散らされた。

彼らは笑いながら言った。

「神父さまは、俺たちを見捨てないんだろ?」


翌朝、マルクは現場を目にして膝から崩れ落ちた。

その惨状は、祈りの言葉を奪った。


この神父は、アカリの炎上中に宗教に入り『悔い改めれば』許される。と説いた。

だがそのおかげで、アカリに対する攻撃はさらに激化した。宗教に入ってもいないのに、ネット内は、宗教に入ったと勘違いをし、

「悪人をかばう偽善者の犬」として、ネットはアカリの個人情報を再拡散し、

自宅の住所には毎日のように嫌がらせが届く。


玄関ドアには、生肉や腐った魚が投げつけられ、

夜な夜なチャイムが鳴らされ、無言電話が鳴り響いた。

監視カメラには、顔を隠した数人が「おいでよ、悪人ちゃん」と囁きながら置き土産をする様子が映る。

アカリはそのたびに、マルクの顔を思い浮かべた。


――助けなくていい人間を助けた結果が、これだ。


マルクは悪人ではない。

だが、アカリにはこう見えた。

「悪を放置する奴も、悪だ」と。


彼はすでに妻を殺されている。

そして、アカリは心の中で小さく呟いた。

「ざまぁ」


アカリは決めた。

偽善者が特に嫌いだ。

全てを許すなら、全てを解決できるだけの知能と実力を持っているべきなのだ。


マルクには、そのどちらもなかった。



---


作戦は単純だった。

マルクがかつて救った「悪人」たち全員のスマホとPCにアクセス。

通話履歴、通報予定のチャット内容、位置情報を把握。

さらに、彼ら同士が「神父が裏切った」と誤解するような細工をSNSに仕掛ける。

「お前の居場所、神父が売ったらしいぞ」

「次はお前が消される番だ」


恐怖は瞬く間に広がり、元・罪人たちはマルクを襲撃。

教会の礼拝堂は血の海となり、マルクの体は八つ裂きにされた。

さらに疑心暗鬼に陥った悪人たちは、互いを殺し合い始め、死屍累々の山が築かれた。


アカリは教会の監視カメラ越しにそれを見つめ、静かに言った。

「力なき者が調子に乗るな。偽善者は、悪よりも悪になることがある」


宗教は人を救うと謳いながら、裏では別の宗派を殺す。

日本人であるアカリには、それは滑稽な茶番にしか見えなかった。



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