第25話
第25話 「無自覚な口」
彼女の名前は 相原 みのり。
20代半ば、清潔感のある笑顔と人懐っこい口調が武器の、今まさに“旬”のタレントだった。
朝は情報番組のMC席で、スタジオを和ませる笑顔を振りまき、
昼は料理コーナーで失敗しながらも笑いを取る。
夜はゴールデンのバラエティ番組で、先輩芸人に突っ込まれながら元気よくリアクションを返す。
さらに週末にはドラマにも出演。どこをつけても彼女が映っている、と言われるほどの露出だった。
ヘアスタイルを変えれば、美容院の予約が殺到する。
着ているワンピースが翌日には売り切れる。
ファンだけでなく、スポンサーまでもが“相原みのり”の笑顔に投資していた。
ある日の夜、ニュース番組に「若者代表タレント」として呼ばれた彼女は、
初めて時事問題の“コメンテーター枠”に座ることになった。
その日の特集は――「炎上系YouTuber・水瀬アカリ」
画面にアカリの経歴と、炎上の経緯が映し出される。
スタジオはやや硬い空気に包まれ、司会者が彼女に振った。
> 「相原さん、この件についてどう思いますか?」
みのりは、軽く肩をすくめて笑った。
そして、何の悪気もない調子で、しかし致命的な言葉を口にする。
> 「いやぁ…なんか、“自業自得”って感じしません?
だって、あの動画の喋り方とか、わざとでしょ?
正直、ちょっと頭の回転遅そうだし…そういう人がSNSやるとこうなるっていう見本みたい。
差別とか言われても、現実見ろって思いますけどね。
被害者ぶるのって一番みっともないじゃないですか。」
司会者がわずかに眉をひそめたが、別のゲストが苦笑で流した。
その瞬間、SNSのタイムラインは動き出した。
「相原みのり正論!」
「やっぱりあの女はクズだった」
「差別って被害妄想だよね」
彼女の一言は、ただの一滴のインクのようだったが、
それは瞬く間に水面全体を黒く染めていった。
視聴者は彼女の笑顔と軽快な口調を“正しさ”と錯覚し、アカリを悪人として再び炎上させた。
――その時、相原みのりは全く自覚していなかった。
自分の一言が、何百万人に影響を与える“刃”になっていることを。
時は流れ、アカリが世界的なハッカーとなった頃、
テレビで相原みのりを見る機会は急激に減っていた。
最初は小さな違和感。
「みのりちゃん、最近忙しいんだって」
「ドラマ撮影でスケジュールが…」とスタッフが言い訳をしていた。
だが裏では――
> 「現場での発言が怖いんだよなぁ、スポンサーが神経質になってる」
「SNSの炎上、あれ結構尾を引いてるらしいぞ」
「数字取れなくなってきたし、次の番組改編で切るか」
そんな会話が制作フロアで交わされ、
彼女の出演予定は少しずつ削られ、ポスターも外され、CMも別のタレントに差し替えられた。
やがて、芸能ニュースは彼女を扱わなくなり、週刊誌が「消えた人気者」と見出しを打った。
アカリが侵入したのは、今や誰も注目しないそのタレントのスマホ。
画面に映ったのは、化粧っ気のない顔、深く刻まれたほうれい線、
髪はパサつき、目は腫れぼったく、笑顔の欠片もない。
位置情報は、地方の寂れた町。
勤務先は「○○スーパー」。
その日の写真には、レジ袋を抱え、半額シールを貼られた総菜を買う彼女の姿があった。
制服の胸ポケットから出ているのは、レシートの束。
後ろにはガラガラの店内と、蛍光灯のチカチカとした明かり。
一日の終わりに自転車で帰るその背中は、風に押されるように小さく揺れていた。
「潰す気は、失せた」
アカリはただ静かにスマホの画面を閉じた。
> 「発言の重さも気にしないから、そうなるの」
淡々とデータを削除し、次のターゲットの選定へと移る。
今回のターゲットは――進まない。
ただ、ネットの海の奥底で、次の「無自覚な声」を探し続けていた。
---NextTarget選定中
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