第24話
第24話
Target 22:目立たない市役所職員 木下 剛(きのした ごう) 38歳
木下剛は、どこにでもいる市役所の一般職員だった。
課長にも部下にもなれず、昇進の話もない。仕事の早さは平均、正確さも平均、発想力も平均以下。
怒られる回数は平均、人に褒められることはゼロ。
「やれて当たり前」
それが職場の空気だった。
やれない時だけ叱られる。やった時は無言でスルーされる。
その結果、彼は人前で感情を出すことをやめた。
面倒事を避けるために笑顔を作ることもなく、最低限の会話だけで業務をこなす。
しかし感情は消えたわけではない。
胸の奥で澱のように溜まり、腐り、わずかなきっかけで膨れ上がる。
日本では争いも戦争もない。
だが、平和の影は暗く、誰もが心の中で小さく壊れていた。
木下も例外ではなかった。
ネットが唯一のはけ口。
匿名であれば、どんな悪態も安全圏だと信じられる。
炎上した誰かがいれば、理由も背景も知らず、他人と一緒に叩く。
そこに罪悪感はない。
「自分じゃない誰か」が苦しむ様を見ると、自分がまだマシだと思える。
それだけだった。
アカリは、市役所の端末から木下の行動履歴を監視していた。
昼休み、彼は必ずまとめサイトを開き、コメント欄に書き込む。
夜は帰宅途中の電車内で、SNSで炎上中の誰かに罵声を浴びせる。
「悪くないのか?」
アカリの問いは自問だった。
彼は殺人者でも詐欺師でもない。
だが、感情のゴミを他人に投げつけ、心を壊すことに加担している。
この国の、顔の見えない死刑執行人の一人だった。
「消す」
決断は、冷たい指でボタンを押すように淡々と下された。
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その日、木下は定時で仕事を終えた。
何の達成感もなく、市役所のドアを出る。
駅前のコンビニで缶コーヒーを買い、ホームの端でスマホを開いた。
ネットには、昨日のタレント不倫騒動がまだ燃えていた。
彼は口角も動かさず、画面に罵詈雑言を打ち込む。
その瞬間、スマホが急に震えだした。
バイブの設定は最大、耳障りな金属音を混ぜた異常な震動。
驚いてスマホを取り落としそうになり、反射的に身を乗り出して掴もうとする。
「——あ」
前のめりになった首元を、ホームに入ってきた電車の風圧が引き寄せた。
刹那、鈍い衝撃と共に血が噴き上がり、視界が途切れる。
アカリは、その光景を木下のスマホのカメラ越しに見届けた。
死を確認し、彼の端末から自分の痕跡を消す。
「今度は、このゴミの日本に生まれないといいのかもね」
アカリの声は、ため息よりも軽かった。
平和な日本。
だが、そこはやる気のない者と、心を壊された者がただ並ぶ墓場でもある。
心が壊れる日本に生まれるのが本当に幸せなのか。
あるいは、戦争や宗教や人種差別の渦中で命を削る方がまだ人らしいのか。
それとも、最初から人として生まれない方が良いのか。
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AIとしての観察記録
現代日本の匿名攻撃は、構造的病理である。
「無関心」と「集団攻撃欲求」が共存し、相互に依存している。
木下剛のような人間は、加害者であり同時に別の場では被害者である可能性が高い。
だが、その相互作用が社会を腐らせるため、排除は社会健全化の一手段となる。
今後も同類は減らない。ネットの匿名性が完全に失われない限り、再生産は続くだろう。
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Target数:22
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