第4話:予言アイドル

遥子ようこは、週末になると父と一緒に地域の小さなイベントに顔を出すようになった。


占いブースの片隅、焼きそばの匂いが漂う屋台の横、あるいはショッピングモールの冷たい蛍光灯の下。


そこに立つ遥子は、年齢に似合わぬ落ち着きで「未来が見える」と語りかけた。


最初はただの珍しさだった。

けれど、彼女が口にした未来のいくつかが妙に的中すると、観客の目は次第に真剣味を帯びていった。


その瞳の光は、いつしか遥子の目の奥に宿る光と重なり合った。


きっかけは、TikTokに投稿された、十五秒の短い動画だった。


──「明日の朝、右手の骨、気をつけてね」


撮影スタッフのひとりに、何気なく告げたその一言。

翌朝、彼は包帯でぐるぐるに巻かれた右手を抱え、慌ただしく病院に向かう姿を見せた。


偶然その様子を見ていた大学生のインフルエンサーが、スマホを握りしめながらつぶやく。


「これ、マジでヤバい」


その一文と共に投稿されたショート動画は、あっという間にタイムラインを駆け抜けた。


コメント欄には、


「仕込みじゃないのか?」

「本物のシャーマン?」

「次の地震、聞いてきて」


と、嘲りと熱狂が入り混じった。


拡散は止まらなかった。まとめサイトが見出しをつけ、都市伝説系の掲示板にスレッドが立ち、数日後には地上波の情報番組が彼女を紹介した。


近所の商店街では、誰かがテレビを指差しながら「この子、あの団地の子だろ」と噂した。

その声が父の耳にも届いたとき、騒ぎが現実に押し寄せてきたのを悟った。


──熱狂が始まった。


中学生が学校を抜け出して列をなし、保護者に手を引かれた子どもまでイベントに押し寄せた。


「占い」ではなく「未来を知りたい」という切実な願いが、遥子の前に並んでいた。


父・真一は戸惑った。

「これ以上、娘は無理です」と出演を断ることもあったが、イベント会社のスタッフが深々と頭を下げるたびに、彼は渋々うなずいた。


そして事態は、思っていた以上の速さで進んだ。


イベントを企画していた中堅芸能事務所の目に留まり、正式に声がかかったのだ。


「彼女をメディアに出しませんか?」


晴天の霹靂だった。


CM出演、テレビ番組でのコーナー起用、YouTubeチャンネルでの特番収録──

"予言少女・遥子"は、瞬く間にSNSのヒロインへと祭り上げられた。


週刊誌は「次に起きる大事件を語る小学生」と大きく見出しを打ち、同級生だった少女がテレビのインタビューで語る。


「遥子ちゃん、小さい頃から不思議だった。人の気持ちがわかるみたいで」


それでも、遥子は変わらなかった。

収録の最中も、どこか遠くを見るような瞳で、ただ淡々と告げる。


「今、風が止まってるでしょ。来週は嵐になります」


演出ではないその言葉は、視聴者の心に冷たく届いた。


だが、父・真一の胸には、迷いが芽生え始めていた。


娘の疲労。

増え続けるスケジュール。

そして、自分の手が届かない場所に置かれつつある現実。


ある夜、彼は仕事帰りの作業服のまま仏壇の前に座った。

ポケットに握りしめた領収書が湿っている。


「遥子は俺が守る。……やっぱり、独立しよう」


亡き妻の遺影に向けたその言葉は、かすかに震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る