第39話 イリシアの魔導ローブ
数日後。
「イリシアの魔導ローブが完成した」との知らせを受け、アレンたちは王都最古の防具屋を訪れた。
奥から現れた店主が、誇らしげにローブを掲げる。
深い青紫の布地は夜空のように滑らかで、袖口と裾には星型のルーンがきらめき、繊細な刺繍が魔力の流れを導くように編み込まれている。
小さなフードは、魔力を集中させたときに光を放つ仕掛けになっていた。
店主は咳払いをして言った。
「さて、この“イリシアの魔導ローブ”の効果を説明しよう。
まず、魔力強化。着用者の魔力ステータスを大幅に向上させ、魔法の持続時間と範囲を拡大する。しかも、魔力消費は半分に抑えられる。
次に、元素親和。火・水・風といった基本の元素魔法、さらには治癒魔法まで威力が引き上げられる。
さらに、防御力。魔法攻撃への耐性だけでなく、一定の物理攻撃も繊維が受け流してくれる。
そして最後に、魔力回帰。戦闘後の自然回復速度を大きく高める効果がある」
説明を終えた店主は、得意げに胸を張った。
「まさに伝説に語られる三女神の遺産のひとつにふさわしい逸品だ」
アレンたちは思わず息を呑む。
ソフィアはおそるおそるローブを受け取り、その布地に触れると、ひんやりとした心地よい魔力が指先に流れ込んでくるのを感じた。
ソフィアはそっとローブを身にまとった。
その瞬間、ふわりと空気が変わり、彼女の周囲に魔力があふれ出す。
「……すごい。魔力が、明らかに増えてる……!」
瞳を輝かせたソフィアは、両手に小さな火球を生み出す。
今までなら頼りなかった炎が、まるで意志を持つように力強く燃え上がった。
「これなら……攻撃魔法も使えるかもしれません」
彼女の頬がほんのり赤く染まり、胸に自信の光が灯る。
リリアナは腕を組み、口笛を鳴らした。
「やるじゃない。あんたがクラッカーまで使ったら、下手すりゃSランク級の魔力持ちになるんじゃない?」
「えっ……そんな……」
ソフィアは照れながらも、嬉しそうにローブの裾を握りしめた。
セレーネが前に出て、懐から小袋を取り出す。
中にはきらりと光る金貨がぎっしりと詰まっていた。
「これが制作費。金貨百枚ですわ」
職人は目を見開き、震える手で受け取る。
「ひゃ、百枚……! 一年分の売上に匹敵する額じゃ……!」
「伝説の防具を得られるのですもの。これでも安いぐらいですわ」
セレーネは涼しい顔で言い切り、ローブをまとうソフィアを見やった。
「さあ、これで“お助け冒険団”はさらに強くなりましたわね」
職人の槌音が鳴り響いた店内で、仲間たちは新たな力を手にした喜びを分かち合った。
◇
ソフィアがローブを身にまとい、力の増大を実感したその場で、アレンはふと真剣な表情を浮かべた。
「……国のお金で作ったものだ。国王陛下にもお見せしたほうがいいんじゃないか?」
セレーネは少し考え、やがて頷いた。
「そうね。父上に報告しましょう」
王宮に向かった一行は、玉座に座る国王の前でローブを披露した。
セレーネの父である国王は目を細め、重々しく頷いた。
「見事な防具だ。まさしく伝説に語られる遺産の一つ……我が国の誇りといえるだろう」
その横で控えていた老賢者が、長い白髭を撫でながら首を傾げた。
「……む? たしか、似たようなものが宝物庫にあったはずだが」
「なに……?」
一同がざわめき、老賢者の案内で宝物庫へと向かった。
重厚な扉を開けると、静かな空気の中に、厳重に保管された数々の遺物が並んでいた。
そして、その中に――確かに、同じ青紫のローブが鎮座していたのだ。
「……失われたはずではなかったのか?」アレンが目を見開く。
老賢者は静かに答えた。
「宝物庫には、一般に公開されない秘蔵の品も多いのです」
さらに奥へ進むと、煌びやかな二つの装備が並んでいた。
一つは、鋭い棘を模した金属の光沢を放つ鎧――ヴァルキリアの鋼棘アーマー。
もう一つは、風を受けて舞い上がりそうな薄布の翼を備えたマント――シルフィアの風翼マント。
「三女神の遺産が……揃っている……」
リリアナが思わず息を呑む。
セレーネは一歩前に出て、真剣な眼差しで父を見上げた。
「父上、これらを使わせていただけませんか? 飾っておくだけでは意味がありません」
老賢者が慌てて制止する。
「国の宝を若者たちに託すなど、あまりにも軽率です!」
しかし、国王は静かに首を横に振った。
「いや……防具は使われてこそ価値がある。飾り立てて埃をかぶらせるより、世界を守るために有効に使うべきだ」
その言葉に、セレーネの目が輝いた。
「ありがとうございます、父上!」
こうして、アレンたちは三女神の遺産すべてを手にする権利を与えられたのだった。
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