第34話 解体の先に眠るもの
その日は、商店街の一角にある古びた店舗の解体作業だった。
いつから建っているのか誰にもわからないほど年季が入った建物で、壁はひび割れ、梁は軋み、屋根瓦はすでに半分以上落ちかけている。
「改修費をかけながら何とか使ってきたが、もう限界だ」と店主は肩を落とし、新しい店舗を建てるために解体を決断したのだ。
「さーて、壊すぞ!」
カイルが嬉々として大剣を肩に担ぎ、リリアナが即座に制止する。
「大剣で解体しない! 余計なところまで壊れるでしょ!」
「ちぇっ……」
屋根から壊し始めると、瓦が音を立てて崩れ、陽光が差し込んでいく。
梁を外し、壁を崩し、順調に作業は進んでいった。
Bランク冒険者らしからぬ単純作業だが、なぜか妙に息の合った動きで作業は効率的に進んだ。
やがて、床板を剥がしたときだった。
ごつごつした石の蓋のようなものが現れたのだ。
「なんだこれ……床下にこんなものが?」
アレンが慎重に蓋を外すと、中には古びた革の表紙を持つ数冊の書物が収められていた。
「宝物……? それとも禁書……?」
ソフィアが不安そうに呟く。
アレンが一冊を手に取り、ぱらぱらとページをめくると――そこには、彩色鮮やかな料理の絵が描かれていた。
香草を散らしたスープ、香ばしく焼き上げられた肉、宝石のように光る果実酒。
「……料理本?」
思わず全員が首をかしげる。
だが、依頼主である店主に見せた瞬間、彼は目を丸くして叫んだ。
「ま、まさか! これは代々口伝で語られてきた“幻の魔力増強レシピ”じゃないか!?」
一行はぽかんと口を開ける。
「え、料理で魔力が増すの?」カイルが半信半疑で首を傾げる。
「古代の料理法には、素材の魔力を最大限に引き出す術があったと聞いたことがあります……」ソフィアが真剣に補足した。
「つまり、これ……ただの料理本じゃなくて、冒険の大きな手がかりかもしれないってことね」リリアナが鋭い眼差しで言う。
セレーネは楽しげに微笑んだ。
「美味しいものを食べて力が湧くなんて、素晴らしいじゃありませんの」
こうして、何気ない店舗解体の依頼が――「幻の魔力増強レシピ」という新たな謎を呼び込むことになったのだった。
◇
見つけた古書をめくると、そこに描かれた料理は確かに美味しそうだったが、文字は全て古代語。
「……残念ながら、僕たちじゃ読めないな」
アレンが苦笑すると、店主は腕を組み、真剣な眼差しで言った。
「もし翻訳できるなら、ぜひ頼みたい。お前たちには、その料理を無料で食べさせてやると約束しよう。ただし――」
店主はぐっと指を突きつけた。
「レシピをパクるのは絶対に禁止だぞ!」
カイルが「誰が料理人やるんだよ……」とぼやき、リリアナは「まあ、食べられるなら悪くないか」と渋々頷いた。
数日後、ギルド経由で学者に翻訳を依頼し、解読が完了した本が戻ってきた。
アレンたちはオリジナルと翻訳版を揃えて店主に渡す。
ページを開いた店主の目が、驚愕と興奮に見開かれる。
「こ、これは……とんでもない! まさか、料理でここまでの効果が……!」
記されていた料理は信じられないものばかりだった。
月影のクラッカー:摂取後1時間、魔力の最大出力が20%増加。
幽光のグミ:摂取後30分間、魔力消費が20%減少し、さらに詠唱速度が向上。
星龍の燻製ステーキ:食事後24時間、魔力の最大値が20%増加し、魔法の威力と範囲が強化。
フェニックスの焔スープ:食べてから1週間以内なら、戦闘不能になっても一度だけ瀕死で復活可能。
他にも、見たこともない料理名と、信じられない効果の数々が並んでいた。
「……まるで薬や神器の効果を、食事で得られるみたいね」
リリアナが呆れたように言うと、ソフィアは目を輝かせた。
「すごい……! これが本当に作れたら、冒険がすごく楽になります!」
「ただし、どれも相応の素材が必要だな」
アレンが翻訳本をめくりながら苦笑する。
「“星龍の肉”とか“フェニックスの羽”とか……そもそも入手できるのか、これ」
セレーネは楽しげに口元を押さえて笑った。
「ふふ、まるで冗談みたいな依頼が、またひとつ増えましたわね」
こうして「幻の魔力増強レシピ」は、アレンたちの抱える依頼リストに加わることとなった。
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