第35話 幻のレシピ依頼

店主の前に古代のレシピ本が広げられ、料理の効能に皆が驚きの声をあげた後。

リリアナは腕を組み、鋭い目でアレンを見やった。


「ねえ……気づいてる? これ、また直接依頼よ」


「えっ?」とアレンが首をかしげると、リリアナは机を指で叩きながら言葉を続ける。

「いくら面白い依頼を抱えても、冒険者ランクの昇格には繋がらないの。ギルドを通さなければ、私たちは永遠に雑務屋扱いされるわ」


その一言に、一同は「あっ」と声を漏らした。

カイルは頭を掻き、ソフィアはしょんぼりと肩を落とす。セレーネでさえ苦笑して頷いた。


「確かに……ギルドの正式依頼じゃない限り、いくら働いても評価に繋がらないですわね」


リリアナはそこで視線を店主に向けた。

「だから、あなたがこの素材集めを“正式にギルドへ依頼”として出しなさい」


「ギルドに? でも、報酬を払えるほど余裕は……」

店主は困惑するが、リリアナは即座に提案した。


「報酬は“完成した料理の提供”。それなら金銭的な負担は少ないでしょ? しかも効果は破格。Aランク以上のパーティーだって本気で狙うはずよ」


「な、なるほど……」

店主は目を丸くし、次第に納得の色を浮かべる。


アレンも手を打って笑った。

「それなら僕たちが素材を集めなくても、料理を食べられるチャンスが広がるってことだな!」


「ただし」リリアナがすぐさま釘を刺す。

「私たちが素材を集めてないときに食べるなら、きちんと正規の料金を払うこと。甘えちゃ駄目」


「ええっ!?」とカイルが不満を漏らすが、リリアナの一瞥で黙り込んだ。


セレーネは楽しげに微笑む。

「でもこれなら、依頼が正式にギルドに登録される。難易度も高いし、ギルドポイントもたっぷり稼げるでしょう。誰も損をしない、素晴らしい案ですわね」


店主は深々と頭を下げた。

「ありがとう……まさか解体作業から、こんな大事になるとは思わなかったが……ぜひそうさせてもらおう」


こうして“幻の魔力増強レシピ”は正式に冒険者ギルドへ登録され、アレンたちはまたひとつ、新たな依頼を背負うこととなった。



数日後――冒険者ギルドの掲示板に、新しい依頼が並んだ。

「幻の魔力増強レシピ」と銘打たれた依頼は、素材と完成料理の効果まで詳細に記されており、たちまち大きな話題を呼んだ。


「おい見ろよ……“フェニックスの焔スープ”? 一度だけ復活できるだと?」

「星龍の肉? 雷嵐の浮島で戦うって、冗談だろ……」

「信じられない……けど、もし本当に作れるなら国家レベルの財産だ」


低ランクの冒険者は眉をひそめ、「どうせ無理だ」と諦め顔を見せる一方で、高ランクのパーティーは燃えるような瞳で依頼票を睨んでいた。

「俺たちならやれる。素材を手に入れて、伝説の料理を食うんだ!」


ギルド内の空気は、期待と野心と疑念が入り混じって熱を帯びていった。

掲示板の前に立つアレンたちもまた、その勢いに呑まれながら依頼票を手に取る。


「……ちょっとした解体依頼から、とんでもないことになったわね」リリアナが頭を抱える。

「でも、これで正式な依頼になった。ギルドポイントだってしっかり稼げるわ」


セレーネは口元に微笑を浮かべ、静かに頷いた。

「それに、食材が少なければ競争も激しくなるでしょう。早めに動いたほうが得策ですわね」


「よし、それじゃあ俺たちも行こう」

アレンは拳を握りしめ、仲間を見渡す。

「まずは一番現実的なやつから――“月影のクラッカー”の素材を狙う」


掲示された幻の料理と素材(抜粋)


月影のクラッカー

月光草(満月の夜に咲く草。草食魔獣の餌にもなっているので注意)

星屑キノコの粉(古代遺跡に生える発光キノコ。毒胞子を避けて採取)

効果:摂取後1時間、魔力出力20%増加。ただし魔力消費も激化。


クリスタルキャンディ

魔蜂の蜜(幻惑の霧に覆われた谷の魔蜂の巣から)

クリスタル塩(地下深くのマナ結晶鉱脈に付着)

効果:即座に魔力を大幅回復。


幽光のグミ

幽光花の花びら(呪われた沼地に咲く花。夜間のみ発光)

影狼の牙(影の森に棲む影狼から入手)

効果:30分間、魔力消費20%減少+詠唱速度向上。


星龍の燻製ステーキ

星龍の肉(雷嵐の浮島に棲む星龍を討伐)

深淵のハーブ(深海遺跡に群生)

効果:24時間、魔力最大値20%増加+威力範囲強化。


フェニックスの焔スープ

フェニックスの尾羽(再生直後に採取。炎の試練必須)

霊泉の水(聖なる山の泉。神獣を退ける必要あり)

効果:魔力全回復+1週間以内なら一度だけ戦闘不能から瀕死で復活。


古竜樹のリゾット

古竜樹の種子(千年生きる竜樹の種)

妖精の涙(秘境の泉で採取。妖精の信頼が必要)

効果:魔力全回復+24時間すべての魔法の詠唱半減。


リリアナは依頼票を見つめながら、苦笑混じりに呟いた。

「もう依頼のリストが一冊の本になりそうね……」


それでも、仲間たちの目には確かな光が宿っていた。

アレン一行は、新たな素材探しへ向けて動き出す。

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