第5話 記憶喪失

 風呂に入っている間、下着と、パジャマ、そして、コンビニに売っている簡単な女性の服を買ってきた。

 女性の服など買ったことがなかったので、女性店員に聞きながらであったが、

「普段なら、絶対にできるはずのないようなことを、この日はできた」

 ということで、

「この後、彼女との話もできるだろう」

 ということで、却って、不安が払しょくされた気がした。

 もちろん、コンビニ店員からは、

「変な目で見られた」

 ということであったが、

「別に関係ない」

 と思うのだった。

 実際に、買ってきてからまだ風呂に入っていた彼女だったので、脱衣場にパジャマと下着を置いて、

「一応最低限のものは買ってきたので、それを着てみてください」

 と声をかけた。

 彼女は、それには相変わらず答えるそぶりはなかったが、それも、

「仕方のないことだ」

 と思っていた。

「彼女は、俺が買い物に出かけたことを知っていたのかな?」

 とも思ったが、逃げるというそぶりはないと思っていた。

 ここに連れてくる時、まったく抗う様子がなかったので、そう思ったのだが、

「彼女は本当に行くところがないんだ」

 と思ったが、

「彼女を何がそこまでさせたのか?」

 と思うと、感慨深いものがあった。

 ただ、その理由は彼女が風呂から上がって、さっぱりした様子を見せると、すぐに分かったのであった。

 パジャマ姿の彼女は、最初に見た時とはまったく違い、タクシーの中でも、

「まるで炭でも塗ったのではないか?」

 と思うほどの、顔色の悪さだった。

 それを、

「顔色が悪いのか?」

 それとも、

「汚れているだけなのか?」

 ということを見極めることはできなかった。

 何しろ彼女が一言もしゃべらず、その変わり、その目線には鋭さがあったことから、

「どっちなんだ?」

 と、

「しっかりしているのか?」

 それとも、

「意識がもうろうとしているのか?」

 という判断がつかなかったのだ。

 しかし、風呂から上がってきたのを見ると、

「顔色はかなり違って、今は血色がいい」

 ということが分かっただけでも、安心だった。

 ただ気になったのは、髪の毛で、洗ったことで、かなり光沢は戻ってきて、きれいなのであるが、先端が相変わらずで、

「痛々しさが残っている」

 と感じずにはいられなかった。

 それを思うと、

「きれいに見えるのだが、実際には何かがあったんだろうな」

 ということであった。

 とりあえず、何かを聞かないと、会話にならないと思ったので、

「さてと」

 といって切り出した。

「まず、あなたのお名前は?」

 と聞くと、彼女は軽く首をかしげて、考えてしまった。

「じゃあ、どこから来たんだい?」

 と聞いても分からない様子だった。

「記憶喪失?」

 と聞くと、彼女はうなずいた。

 ということは、

「まったく何も分からないが、判断する力は残っている」

 ということであり、

「記憶喪失で間違いない」

 と、坂上に感じさせたのだった。

 こうなると、却って話がややこしい。

「警察に連れていくべきなのか?」

 とはっきりと感じた。

 自分に何とかできることであれば、その責任を負うということもできるかも知れないが、

「医者でもない自分が引き置けるというのは、これ以上無責任なことはない」

 と思った。

 しかし、今から警察に連れていくというのをできるはずもなく、とりあえず、

「明日になってから」

 ということしかないのであった。

「医者に行けばいいのか、警察なのか?」

 と考えたが、

「医者にいっても、身元不明であれば、どうせ警察を呼ぶことになる」

 と思い、

「やはり警察だな」

 と考えながら、その日は寝ることにしたのだ。

 当然、名前も覚えていない彼女に、余計なことを聞くのは忍びない。

 本当は、

「どこまでの記憶しかないのか?」

 あるいは、

「記憶を失った原因について分かっているのか?」

 を知りたかった。

 何しろ、発見した場所が場所なので、

「何かの事件にまきこまれた」

 という可能性が高いだろう。

「その事件が、記憶喪失の原因だ」

 というのは、子供が考えてもピンとくることであり、

「やはりこれは、警察案件だ」

 ということになるのだろう。

 そもそも、記憶喪失というのは、

「記憶というのが、どこからないのだろう?」

 ということが、

「時系列」

 ということではなく。

「どこまでを覚えていて、どこからを忘れているのか?」

 ということに、興味があった。

 というのは、

「自分の名前も分からないのに、食事の仕方というのは覚えている」

 ということである。

 もちろん、着替えも分かっているし、風呂の入り方も分かっている。

 つまりは、

「日常生活に支障がない」

 といってもいいだろう。

 だから、それを考えると、

「本能というものが覚えているのか?」

 ということになり、それが、

「潜在意識」

 というものと結びついて、

「人間には、どんなに記憶を失おうとも、絶対に忘れないものが存在している」

 と考えると、

「思い出さない記憶」

 というのはないのだ。

 と考えるのであった。

 ただ、それをいつ思い出すのかということが問題で、

「死ぬまでには思い出す」

 ということであれば、

「思い出されては困る記憶を失っている人がいるとすれば、思い出されたくない人にとっては、消えてもらうしかない」

 ということで、よく、

「犯罪事件」

 になったり、

「刑事ドラマのストーリー」

 ということになったりするのであろう。

 そもそも、

「記憶喪失になる」

 という時は、

「思い出したくない」

 と思うようなトラウマが、

「記憶を自分の意識から消し去る」

 という作用をすることによる、

「自己防衛本能」

 というものが働いてということになるのであろう。

 だとすれば、思い出すためには、それだけの環境を整える必要があり、場合によっては、

「逆療法」

 ということで、

「記憶を失った場面を再現する」

 ということで、あえて、ショック状態にしてしまうと考えてしまうのは、無理もないことなのだろうか。

 ただ、坂上が見ていて、

「今のまま、無理に記憶を呼び起こさせようというのは無理なことだ」

 と感じるようになった。

 だから、少し黙って見ていることにした。

 それは、

「彼女をこのまま、少し家に置いてあげる」

 ということであり、

「本来であれば、警察に通報しなければいけない事案だ」

 とは思ったが、どうしても、警察に連れていくことはできなかった。

「どうせ警察に連れていっても、病院かどこかの施設に連れ込まれ、皆一緒くたにされるだけだ」

 ということからだ。

「自分は医者ではないが、見ている限り、彼女は、集団の中に入れると、殻に閉じこもってしまう」

 ということになり、

「結局、記憶を取り戻すことができないのではないか?」

 と思うのだった。

 だが、

「だからといって、ここに置いておくことに心配がないわけではない」

 というのは、

「その場合は、警察に連れていく場合とは、別のことになるのではあいか?」

 と考えたからだ。

 というのは、

「もし、彼女と二人、一緒にいれば、情が移るのは間違いないだろう。もし、彼女に対して恋愛感情を抱いてしまったとすれば、彼女の記憶が戻った時、彼女には、誰か決まった人がいたり、へたをすれば旦那がいるかも知れない」

 と思った時、

「きっと彼女は、俺のことなんか気にも留めないだろうな」

 と考えると、

「俺がそこまでして彼女の面倒を見るだけの勇気があるというのだろうか?」

 とも考えた。

 もちろん、

「そこまでの覚悟がある」

 とは言い切れない。

 かといって、警察に連れていっても、結局は、別れに近い形になるのは間違いのないことで、結局、

「苦しむのは自分だ」

 ということであった。

 こうなると、

「どっちが得で、とっちが園田」

 という、

「損得関係」

 ということになるだろう。

 しかし、実際に考えてみると、問題は、

「どっちにすると後悔が残るのか?」

 ということであった。

「もし、後悔が残るとすれば、一生の問題ということになる」

 と考えると、

「簡単には結論が出ない」

 と思えた。

 かといって、何日も引っ張るわけにはいかない。

 時間が経てば経つほど、

「決心が鈍る」

 ということで、判断力も低下してしまうに違いない。

 それでも、結論を必要とするということであれば、ある程度のところで、覚悟を決めないといけないだろう。

 ということは、

「問題は、覚悟を決められるかどうか?」

 ということである。

 結果というのは、どちらかを選んだ時点で、

「もう一方がどうなるか?」

 などということは分からないのである。

 つまりは、

「決意だけが、真実」

 ということになるのだ。

 それを分かっていないと、やみくもに考えることになり、結果、

「結論も、覚悟もできない」

 ということになり、

「手遅れ」

 ということになりかねない。

 手遅れになった時点で、後手に回ったことに違いなく、

「選択が誤っていた」

 ということになるのだ。

 それが、

「後悔につながるわけで、覚悟ができて、どうするかが決まってしまうと、そこから先は、起こったことが真実」

 ということで、

「事実が真実」

 ということになるのだ。

 そこまで考えると、坂上は、

「彼女を警察に連れていくことはできない」

 という結論を出したのだった。

 とはいえ、

「覚悟」

 ということに関しては、どこまでできているのか?

 ということは分からない。

「覚悟を決めた」

 といっても、結局は、

「つもり」

 ということである。

 つまりは、

「覚悟というものには段階がある」

 といってもいい。

 最終的な覚悟というと、

「彼女とともに、死ぬ覚悟があるか?」

 ということになるのだろうが、

「まさか、そんな覚悟があるわけもない」

 だから、せめて、今言える覚悟としては。

「自分が後悔しない覚悟」

 ということであり。それは、結局、

「自分を納得させられるか?」

 ということになる。

 要するに、

「最終的には自分のことになる」

 ということなのだ。

 そもそも、彼女という人間を知っているわけではない。

 今日会ったばかりで、しかも記憶を喪失しているわけではないか。

 そんな人に対して、

「覚悟がある」

 といって、その覚悟の証明などできるはずがない。

 結局は、

「自分に向けられた覚悟」

 ということで、今言えることは、

「後悔しないこと」

 しかなく。その後悔というのは、

「自分が納得できるかできないか」

 ということにかかっているわけで、

「どこまで自分を正当化できるか?」

 ということを、少し違った言い方をすれば、そういうことになるのであった。

 ただ、それが、

「彼女に対しての恋愛感情に発展するかしないか?」

 ということで変わってくる。

 正直、今は、

「彼女に恋愛感情はない」

 といってもいい。

 ただ、

「まったくない」

 というわけではないが、それが、覚悟を必要とするまでなのかというと、正直、

「そんなことはない」

 と思っているのだ。

 そもそも、今でも、

「彼女がほしい」

 という感覚はない。

 正直、以前にはあった。

 それは、

「童貞の時」

 であり、

「彼女ができれば、楽しい毎日が過ごせる」

 ということで、それは、

「身体の関係」

 というのが必須だと思っていたのだ。

 しかし、その感情が、

「まわりの嫉妬」

 というものありきだと気が付いた。

 というのは、

「自分が女と付き合っていることで、まわりに、自分に対しての嫉妬心を抱かせる」

 ということによって、自己顕示欲というものを強めようと考えていたのだ。

 それが、恋愛感情だと思っていた。

 というのは、自分が高校生の頃を思い出したからだ。

 高校時代は、男子校で、本当は共学に行きたかったのだが、成績が悪く、

「男子校しかいけなかった」

 ということで、

「仕方なく」

 ということであった。

 それでも、中には、

「女子高の女の子と仲良くなって、ツーショットの写真を見せびらかして、マウントを取っている連中がいる」

 それを思うと、自分の中に、嫉妬心が沸き上がり、それが、

「彼女がほしい」

 と思うことへの、

「バロメーターのようなものだ」

 と感じさせられた。

 だから、

「嫉妬心なくして、恋愛感情などない」

 とまで思っていて、そのうちに、

「自分の知らないところで、女の子と身体の関係」

 ということが、さらに、嫉妬心を増幅させることになると思うと、

「今度は逆に、この俺がまわりに嫉妬心を抱かせる」

 と思うようになったのだ。

 それを考えると、

「彼女を作って、自分がその女と身体の関係を持った」

 という段階を踏むことで、彼女のいない連中が俺に嫉妬心を抱いてくれることが、

「俺の彼女に対しての恋愛感情になる」

 と思うのだった。

 つまりは、

「嫉妬心が湧かなければ、恋愛感情などない」

 といってもいいだろう。

 だから、

「恋愛感情に、相手を好きだという気持ちは関係ない」

 ということであった。

 だから、

「癒しは恋愛感情ではない」

 と思うことで、

「癒しはほしいが、何も、女性と付き合うという必要はない」

 と感じるのだった。

 だから、最初の童貞喪失が、

「ソープだった」

 ということは、その時点で、

「癒しと、恋愛感情はまったく別のものだ」

 という自分の考えを自分で証明したかのように思えた。

 というのは、

「ソープの女の子からもらうのは、癒しである」

 ということで、いわゆる、

「疑似恋愛」

 というものだが、

「そもそも、恋愛が、嫉妬心を煽ることから生まれる」

 としか思っていないということは、

「恋愛感情よりも、癒しを選んだ」

 と思えば、別に後悔もなければ、

「これが正しい選択だった」

 と思うのだ。

「お金を払っての関係なんて」

 というやつもいるかも知れないが、果たしてそうだろうか?

 いわゆる、

「恋人同士」

 といっても、そこに一切の打算はないといえるだろうか?

「お互いに、一生一緒にいるつもり」

 といって付き合っているのであれば、まだわかる。

 しかし、それでも、今の時代の離婚率を考えると、

「じゃあ、結婚というのは、それほど覚悟がない状態でしたのか?」

 あるいは、

「覚悟があっても、うまくいかないほど難しいことなのか?」

 ということを考えれば、

「恋愛感情以外のプラスアルファが必要だ」

 ということで、それが、

「子供」

 というものであればまだいいが、

「金銭的な契約関係」

 ということであれば、そもそも、

「結婚というのは何なんだ?」

 ということになるであろう。

 恋愛期間中であっても、同じことだ。

 確かに、結婚しているわけではないから、

「二股。三股を掛けていようが、罪ではない」

 ということであるが、

「倫理的に許されない」

 ということになるだろう。

 しかし、恋愛というものは、

「元々、自由なものだ」

 ということで、

「何人かと付き合って、その中で一番いいと思った人を選ぶ」

 ということの何が悪いかということになる。

 さらに、

「付き合っている時のデート代だって、結局はどっちが出すか?」

 ということを考えれば、

「お金がかかる」

 ということである。

 だったら、

「風俗でお金を使い、性欲処理をする」

 というのと、何が違うというのか、

 これはあくまでも、極論であるが、

「性風俗というもので、男性の性処理風俗というのは、たくさんあるが、女性の場合は、最近では少しはあるようだが、実際にはほとんどない」

 ということで、それに対しての、女性のやっかみではないか?

 と言えないだろうか?

 ただ、これに関しては、理由は分からないが、今までにだって、

「女性用の性風俗の店があっても、いいだろう」

 ということで店がかつてあったということも考えられる。

 しかし、現実、今は残っていないということで、理屈からいえば、

「採算が取れない」

 ということではないだろうか?

 それは、いろいろな理由が考えられる。

「女性の客が少ない」

 という一番最初に思いつく考え方。

 もう一つとして、

「男性側に、性風俗をやろうという人が少ない」

 これに関しては、実は分からなくはない。

 というのは、

「男性と女性とで身体のつくりが違う」

 ということだ。

 男性は、女性と違って、

「賢者モード」

 というものがある。

 これは、

「一度達してしまうと、次の復活までに時間が掛かる」

 ということ、そして、

「そう何度もできない」

 ということである。

「実際に、一日に、何人の客を相手にするか?」

 ということを考えると、実質的に、

「性を提供する側に、限界がある」

 ということになるのだ。

 もちろん、一番の理由としては、昔からの、男尊女卑という問題があるということであろうが、それと同じく、女性の中で、

「風俗というものに抵抗がある」

 という人が多く、それが、

「そもそもの、女性客が少ない」

 ということを招くのではないだろうか?

 それを考えると、

「女性の性風俗は、成り立たない」

 ということになるのだ。

 だからといって、

「男性の性風俗を否定する」

 というのは違う。

 ただ、今の問題としては。

「男性が、草食系男子などと言われ、女性を性の対象として見ていない」

 というのか、

「性に対して、ドライになっている」

 ということだ。

 実際に、

「癒しを求める」

 というのであれば、風俗でも十分だし、

「お金がもったいない」

 というのであれば、恋愛にかかる金の方が、結構かかるというものである。

 恋愛するには、やはり、

「嫉妬心を煽る」

 というような、

「自分を納得させる何か」

 というものがないと成立しないといっておいいかも知れない。


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