第7話 南へ運ぶ荷と、言葉



 国道沿いで立ち始めてから、三十分が経った。

 小樽の港の匂いはまだ風の中に残っている。

 ダンボールに「苫小牧方面」と書いた文字が朝日に照らされ、車が次々と通り過ぎていく。


 やがて、遠くから低いエンジン音が響いてきた。

 長い車体の大型トラックが、ゆっくりと速度を落とし、目の前で止まる。

 運転席の窓から、五十代後半くらいの男が顔を出した。


 「苫小牧まで行くけど、乗るか?」

 「はい、お願いします」



 助手席のドアは高く、取っ手を掴んでよじ登るようにして座る。

 座面は固く、シートベルトの金具が冷たい。

 車内には軽くコーヒーとオイルの匂いが混ざっていた。


 短いアイドリングのあと、トラックはゆっくりと発進する。



 窓の外には、日本海の海岸線が広がっていた。

 時折、海面が日光を反射し、白く瞬く。

 「いつもこのルートなんですか?」

 「ああ、札幌から苫小牧、それからフェリーで本州へ。十年以上だな」


 言葉は短いが、声に無駄がない。

 男の視線は常に前方にあり、ハンドルを握る手はぶれない。



 沈黙が続く。

 だが、嫌な沈黙ではなかった。

 道路の振動とエンジンの低い唸りが、会話の代わりになっている。


 やがて、男がふいに言った。

 「若いのに、ヒッチハイクか」

 「はい。もともと小説を書いてたんですけど、ちょっと行き詰まって」

 「作家ってことか」

 眉がわずかに上がる。


 「頭の中の景色が枯れてしまって……新しいものを見たくて、こうして旅を」

 男はしばらく何も言わず、道路標識を目で追っていた。

 「……なるほどな。俺は字は苦手だが、景色を頭に溜めておくのは分かる気がする」



 それから男は、少しずつ話し始めた。

 苫小牧の港で待つフェリーの話、深夜の国道で見たキツネの話、雪道で立ち往生した時に助けてくれた見知らぬ農家の話。

 どれも淡々としているが、景色や音、匂いがはっきりと浮かぶような話し方だった。


 派手な比喩はない。

 ただ事実が積み重なっていくのに、不思議と物語になっている。



 やがて、山間部に差しかかる。

 窓からは濃い緑が流れ、所々に小さな集落が見える。

 「ここらは秋になると紅葉が綺麗だぞ。高速より、この国道のほうがよく見える」

 男は片手でハンドルを軽く叩いた。

 「そういうの、書けよ」

 「……はい」

 短い返事だったが、その声には少し熱が戻っていた。



 昼前、苫小牧の港に到着した。

 トラックを降りる前、男が紙袋を差し出す。

 「市場で買ったやつだ。道中の腹の足しにしろ」

 中には、まだ温かい鮭のおにぎりが二つ入っていた。


 礼を言い、深く頭を下げる。

 トラックは低いエンジン音を響かせ、港の倉庫群の向こうへ消えていった。


 港の風は強く、海の匂いがさらに濃くなる。

 おにぎりの温もりを手に感じながら、次の車を探す場所へと歩き出した。


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