第18話

「ナタリーから台所を強奪したって?」

その日の夜、添い寝の折にアドルフが冗談交じりにそう聞いた。

どこの誰から聞いたのかは知らないが、そう聞かれてしまえば素直に答えるのが世の情けだろう。

「……どうしても日本食食いたくて。でも日本食を知らないナタリーに作らせるのは酷だと思って、それでつい」

「結婚してから毎日ナタリーの作るサルドビア料理だったからそりゃあ家の味も恋しくなるか」

「一応アディの夫って身の上だから、気楽な外食も難しいしね」

日本人ではあるがサルドビア王国第5王子の配偶者という身の上なので万が一のために警備なしで外食に行くのは難しい上に、朝から晩までやる事も多いのでそもそも外食に行く余裕があまりない。

外交イベントで晩餐会などもあるが、そういう場面で出てくるのはサルドビアの料理と親和性のあるフレンチやイタリアンのような西欧料理だ。お陰で俺は素朴な和食にどうしようもなく飢えていた。

だからと言って主従関係持ち出したのは正直やり過ぎだった気もする。

「でもユキって料理作れたんだな」

「大したもんじゃないけどな」

「……まだ、お互いの事全然知らないな」

アドルフがぽつりとそんな言葉を口にする。

「まだ出会って1年経ってないんだからしょうがないだろ」

「それもそうか……ユキの作るご飯、気になるな」

アドルフがあくびを零してくる、もう眠くなってきたらしい。

「おやすみ、ユキ」「おやすみ」


******


翌朝、朝食のサンドイッチの具ががスモークサーモンと野菜からゆで卵と野菜に代わっていた。

サンドイッチをかじったアドルフが「いつもと違うんだな」と配膳を手伝いに来たナタリーに問う。

「ユキさまのご要望で、今度から一日3食365日全く違うものをお出しすることになりました」

「……なんで?」

アドルフが不思議そうに俺の方を見てくる。

「サルドビアでは知らないけど、日本人は毎日毎食違うものを食う事が多いんだ。だから朝はこれ、昼はこれ、夜はこれって固定メニューがしんどくて……」

「食通貴族みたいな生活だな」

つまり日本人の食への執着は貴族レベル、と。

そう考えると日本人って相当ヤバい生き物なんじゃないだろうか?掃除洗濯ご近所づきあいをこなしつつ、毎日3食違うメニューを考えて家族に作ってくれていたうちの母は偉大だ。

うちの母親は専業だったのでこの程度で済んでるが、兼業主婦のひととかほんとどうやってそんな時間作ってるだろうね?

「この世界でもそこまで食事にこだわるのは日本人ぐらいらしいけどな」

「ユキのご母堂もそうしていたのか?」

「そうだな、いま思うと相当すごかった」

横で俺たちの話を聞いていたナタリーがちょっと引いてる。

全国のお母さん、あなたは異世界の料理人すら驚くほどの偉業をしてるんですよ。

「ちなみに、料理はいつから?」

「大学1年の冬前に腰痛めて練習も出れずに暇だったんだけど、栄養偏ると怪我が増えるよって寮母さんに言われて暇つぶしも兼ねてスポーツ栄養学の講義にもぐりこんだのが最初」

通ってた大学がスポーツに力入れてた関係で栄養や料理についての講義があったのでそこに潜り込んで得た知識を基に、日々の食事選びや補食を変えたらいくらか調子が良くなった。

しかし買い食いするにも予算の限度というものがあり、バランスのいい食事を大量に買おうと思うと予算がすぐに消えていく。

それで母親に教えて貰ったり料理上手い先輩に教えて貰って覚えていった、と言う訳だ。

「ユキは怪我をしたくなかったんだな」

「学生の時から怪我が多かったんで、少しでも怪我せず長くラグビー続けたかったからな。……まあ、結局膝がどうしようもなくなったけど」

28歳という歳はラグビー選手にとって一番脂ののってる時期であり、気力体力経験すべてが揃っている年頃だ。

そんな時に怪我がどうにもならなくなって引退、というのはあまりのも悲しい。


(もし俺がまだ現役だったならきっと結婚なんてしてなかった)


この結婚が幸せかどうかは、まだ誰も知らない。

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