第17話

皇室主催のお茶会で肝を冷やした後、サルドビア本国から新品のタキシードと共に『高価な器のためとはいえタキシードを一発でダメにするのはよろしくない』という内容のお叱りの手紙を頂いた。

当然俺の家庭教師であるリュシル先生からも「失敗した時のリカバリーが下手」という叱責を頂いた。

そして、季節は梅雨真っ盛り。


「……和食食いたい」


ついに俺の食欲が毎日のルーチンご飯と違うものを欲してきた。

皇室でのお茶会の際にしばらく食べていなかった和菓子や日本茶を食べてから、今の俺は全身全霊で和食を求めている。

しかし異世界人料理人たちに和食を求めても、和食に似た偽物が出てる気しかしない。それならば答えは一つ。

「シンシア、俺に台所を貸してくれ」

家政長であるシンシアは実に冷酷な声で「ダメです」と答えた。

「なんで?!」

「料理人たちを路頭に迷わせるおつもりですか?」

「違うんだって!日本食がが恋しいけどここの料理人に食べたことも無い和食作ってーなんて無茶ぶりしたくないから自力で作るだけだって!だから台所貸して!」

俺も必死で懇願すると、シンシアは深い深いため息を吐いてから地を這うような低音でこういった。

「私の妻に喧嘩売ってます?」

「……つま?」

「そう言えば伝えてませんでしたね、日本駐在使節団長邸宅の専属料理人であるナタリーは私の妻です」

つまり俺が毎日食べてるルーチンごはんを作ってる人が、この目の前にいるシンシアと結婚してるというわけだ。

うん、ごめん、知らなかった。

「ユキさまが自分の事は全部自分でやりたい人間なのはこの邸宅の人間全員が承知しておりますが、ナタリーの腕を信用していないような言動はいささか許容しかねます」

「ナタリーの腕を信用してないんじゃなくて、ロクに食べたことも無い料理を資料なしで作るのはプロでも無理でしょ?」

「ナタリーなら出来ますが」

シンシアのナタリーに向ける信用が強すぎて、説得できる気がしない。

これは使いたくなかったけど、もうこの方法しかない。

「シンシア、これは主人としての命令です。俺に台所を使わせるようナタリーに指示を」

主人としての強権発動である。

俺の言葉にシンシアは苦虫を噛み潰したような顔で「……承知しました」と答えた。


******


料理人のナタリーはちょっとぽっちゃりした赤毛の可愛らしいお姉さんだが、今回ばかりはその可愛らしい顔がちょっと複雑そうだ。ごめんね、でもこれだけは譲れないんだ。

ネットスーパーで注文した食材を片っ端から出していく。

そうめんとめんつゆにしゃぶしゃぶ用の豚肉、薬味三種セット(ネギ・生姜・みょうがの刻んだ奴がセット売りされてた)と青じそ。後は和食器と久しぶりに食いたかったおやつなどなど。

今日のご飯は薬味たっぷりの冷しゃぶそうめんだ。

大きい鍋と小さい鍋にお湯を沸かし、大きい鍋にそうめん・小さい鍋で豚肉を湯がく。豚肉はさっと火を通したら氷水に入れておく。

ちょっと手が空いたら青じそは丸めて細く切っておき、そうめんがゆであがったら氷水で締めてお皿にドン、さらに茹でたお肉と薬味をのっけて麺つゆをひと回し。

(あ、これストレートじゃなくて濃縮つゆだ。少し水かけとこ)

と言う訳で、台所には冷しゃぶそうめんが三人分出来上がる。

「二人には無茶を言ってごめんね」

「……私にですか?」

「うん、無茶を通したからそのお詫びにね」

2人にはフォークを、俺はお箸でそうめんを食べる。

そうめんを軽く混ぜあわせて薬味と豚肉を麺つゆにしっかり絡めてから、つるっとそうめんをすする。

「……これだ」

麺つゆの醤油と出汁の味、生姜や青じその持つ唯一無二の風味、そしてそうめんの爽やかなのど越し。それが妙に懐かしくて泣きそうになる。

俺はどうしようもなく日本人なのだ。

そこから俺はそうめんを飲み干すように貪り、その懐かしい味を全身で味わった。

麺つゆを最後の一滴まで流し込めば、和食に飢えた舌が満たされていく。

「ユキさま」

「ナタリーはそうめん食べないのか?」

「あとでいただきます。その前に率直にお聞かせください、今までの食事に何かご不満がおありだったのではありませんか?」

「……どうしてそう思ったんだ?」


「先ほどのお食事姿、この邸宅で料理を作り始めてから今までで最も満たされた表情をなさっていました。私はアドルフ殿下の邸宅の料理人ですが、同時にユキ様の邸宅の料理人でもあります。

主人を料理で満足させられないのは料理人の名折れ、アドルフ殿下のみならずユキ様も満足させられなければここに来た意味がございません。」


それは料理人の意地とプライドに満ちた、挑戦者の目だった。

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