第19話

7月、サルドビア王国日本駐在外交使節団は右へ左へ走り回る日々となった。

理由は単純、日本政府とサルドビアの貿易通商会議を外交使節団の大使館で行うことになったためだ。

アリシア王女と結婚した高梁さんの祖父である財務大臣が『せっかくなので一度お邪魔してみてもいいのでは?』と提案し、そこに息子の様子を見に行きたい親心と諸々の都合のかみ合わせで悩んでいたうちの父(首相補佐官)が『そりゃいい!』と乗っかり、交渉の末に成立したわけだ。

そそう言う事もあるだろうという前提で建物設計されてるので場所や安全性に問題はない。ないのだが、準備する側には当然俺も含まれている。

つまるところ、俺は父のせいでもっと忙しくなってしまった。


(120パーセント悪気はないんだろうけど、どうしてこうなるんだろうなあ……?)


今頃永田町で仕事しているだろう父に思いをはせながら、俺は大いにため息をついた。


*****


そんな訳で梅雨の合間に現れたある蒸し暑い猛暑日、日本政府ご一行がやって来た。

筆頭は高梁さんの祖父に当たる財務大臣以下10名に外務省事務次官以下7名、さらに内閣府からの担当者としてうちの父と関係者が5人。合計12人。

財務大臣とは今回が初対面だったが、威風堂々という言葉が似合うような風格ある体格と釣り目がちのすこしコワモテな相貌をしている。

(昔外国メディアがこの人を見て『ジャパニーズYAKUZAボス』って書いたらしいけど、まあ納得だわな)

そんな俺の感想は置いといて、アドルフ王子を筆頭とするサルドビア王国日本駐在外交使節団はそんなコワモテな大臣にも臆することなく握手を交わし友好を見せつけていく。

会談の会場は大使館(俺たちのいる邸宅の隣に使節団の拠点として作られた建物を俺はそう呼んでる)の一番大きな会議室。

空調をしっかり効かせたお陰で屋外の暑さに負けることなくカラッと涼しい適温となっているが、その内情は快適とは言い難い。

会談を快適かつサルドビア優位に進めようという意図の元、繊細なもてなしとそれを達成するため使節団付きの従者の人たちがあっちへ走りこっちを手伝いの大騒ぎとなっている。

俺はそれを監督しつつサボったらアドルフ王子の耳に入る可能性あるからキリキリ働けよ~と圧をかけ、セバスチャンが従者一同にビシバシと指示を飛ばしていく。

まあ実質何もしてないと言えばそうなのだが、さすがに新しく本国から届いたばかりの替えのタキシードを汚してお叱りの手紙を貰う訳に行かないので俺は大人しくその場の重しとなっておく。

セバスチャンが会談の胃進捗具合を確認しにを覗きに行くので、俺もこそっとついて行く。

「サルドビア産原油の年間購入量につきましては1日100トン、年間400トンを目安にお願いしたいと思っております」

「400トン?この国の原油需要を考えれば4000トンは余裕でしょう」

「いきなり数千トン単位の原油を輸入するとしても、日本ではサルドビア産原油に適合した製油所が少なく、適合した製油所の負担が大きすぎると」

「でしたら日本から地球の諸外国への輸出は?」

「それにつきましてはサルドビア側で独自に交渉頂きたい」

まだ若いアドルフと威圧感のある財務大臣がバッチバチにやりあっているのを見るともはや感心するしかない。

18歳の時の俺だったらちょっと腰引けてるだろうなあ、この状況。

ふと会談中のアドルフと視線がかち合うと、小さくウィンクが飛んでくる。

精悍なイケメンのウィンク、控えめに言ってアイドルのようである。大丈夫?同席してる女性官僚の皆さんの心臓ときめかせてない?

俺も頑張れの意を込めてへたくそなウィンクを返す。

そしてふと隣を見るとセバスチャンはまた指示出しに戻ったのかもういない。

(……戻るか)

ずっとここにいても邪魔だろうし、アドルフにも会談の方に集中して貰おう。一応夫ですからね、邪魔しちゃ駄目だろうし。

そうこうしてるうちに午前中の会談が終わり、お昼の休憩となる。

「幸也、」

聞き馴染みのある声が聞こえてくる。

そこにいたのはいつもの父と兄の姿だった。

「会談お疲れ様」

「そっちこそサルドビアンタキシードが馴染んでる」

「すっかりお前もサルドビア側に馴染んじゃったなあ」

父と兄のコメントに「ははは……」と笑い返すしかない。

結婚してサルドビア人に囲まれて生活してると、俺もそっち側に寄って行くんだろうか。

「終わったら少しゆっくり話そう」

父がそう言うので「うん」と軽く応じた。

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