第13話

サルドビア王国の休みは5日おきとなっており、今日はリュシル先生からの鬼の授業も仕事の手伝いもない完全な休日となっている。

「ユキ、今日は休みだがどうする?」

「……久しぶりに自転車に乗りたいな」

「足漕ぎ式二輪移動補助機動?」

翻訳魔法が変な訳し方したらしく、何だそれという顔でこちらを見てくる。

意味合いは間違ってはないけど、なぜそのままジテンシャと訳さなかったのか……まだその方がマシだと思うんだけどな。

「こっちの世界では割と普及してる乗り物だよ」

そもそも自転車というものが無い国だから、まずアドルフに自転車を見せるところから始める必要がありそうだ。

「ユキは自転車好きなのか?」

「割と好きではあったかな」

自転車を漕いで遠くまで走るのは嫌いじゃなかったし、膝に負担をかけず出来る運動としても優秀だった。

それにアドルフは役職柄、この国のことをよくよく知る必要がある。自転車に乗って走ることはその助けにもなるかもしれない。

「じゃあ乗ってみたい」

「少し練習しないと乗れないからアディはまずそこからになるか」

今日はどうやらこの年下の夫の素直な好奇心に付き合う1日になりそうだ。

俺の引越し荷物の中に眠っていた輪行袋を手の空いてた執事さんに庭先まで運んでもらい、輪行袋を開けて自転車を組み立てる。

俺が使ってたのはビアンキのクロスバイクなので自転車乗った事がない奴が乗るようなものではないが、ロードバイクよりは乗りやすいだろう。実家なら使ってないママチャリあるけど持ってくるのも大変だしな。

「綺麗な色味だな」

「これはこの自転車作ってる会社の特徴みたいなもんだから、少し調整するな」

サドルの高さを変えたりタイヤの空気を入れ直したら、アドルフも問題なく乗れる状態に出来た。

ほんとはヘルメットと脛当てがあれば良いんだけど、手持ちのヘルメットはツノが邪魔で入らないし脛当ては持ってないから今日は無しとする。ここは土だから転んでも大怪我はないだろう。

「これで跨ってみてくれるか?お尻はこの三角のとこに置くからその前提で」

「こうか?」

自転車に跨ると丁度いい感じだ。

あとは子供のときに俺が親からしてもらったように、自転車の乗り方を練習してもらう。

これには補助輪も荷台もないので全身でアドルフを支えながら、その乗り方を身体で覚えてもらう。

(あ、ヤバい膝に来た)

ちょっと膝の痛みが来てしまい「ごめん、休憩取らせて」と言うと「どうした?」と聞いてくる。

「ちょっと足疲れちゃってさ」

「セバスチャン」

「庭椅子お持ちしました」

どこからか現れたセバスチャンさんが俺にさっと庭椅子を用意してきてくれて、俺を着席させてくれる。

「ユキ、自転車に乗れるようになったら2人でどこか行くか?」

「そのためにはアディも自転車買わないとダメじゃないか?」

「ユキが一緒に出かけてくれると言ってくれるなら、全く同じのを探して買う。

だからイエスかノーかで答えてくれ」

「可愛い旦那様のお望みのままに」

俺が冗談混じりにそう答えると、セバスチャンは近くにいた執事さんたちに「殿下のためにユキ様と同じ自転車を用意しなさい」と指示を飛ばす。動きが早い。

「可愛いとは何だ」

「10歳も下なら可愛いと呼んでも差し支えないと思うけどな」

「夫なのに?」「夫でもな」

多少の腑に落ちなさはありつつも、それでもまずは自転車を乗れるようになる事を優先してか練習を再開する。

「セバスチャン、アドルフが怪我した時の傷薬って……」「準備してございます」

「先回りが上手いね」

セバスチャンは日本でサラリーマンになっても、めちゃくちゃ有能だろう。そんな気がする。

その目前でアドルフは初めての自転車に翻弄されている。その姿は健気で可愛らしい。

「アドルフはどれくらいで自転車乗れるようになるかな」

「殿下の運動神経でしたら、夏までには乗れるようになるかと」

「夏かー、あんまり暑い中でサイクリンたくないから行くとしたら秋冬かな」

「その際はしっかり警備計画なども立てることになりますので、早めのご相談をお願い致します」

「わかった」

時々すっ転びながらアドルフは自転車に翻弄されていて、それを見ているのは不思議と飽きなかった。

そうして桜の季節から青葉の季節へと、世界は流れていく。

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