第5話
紅白の薔薇の交換の意味が分かったのはパーティーの次の日の事だった。
『アドルフ王子が己の結婚相手の第一希望に幸也を挙げたよ』
父からの電話を聞きながら「そっか、」と答える。
あの時の薔薇の交換はやはり何か特別な意味があったのだろう。
『お前とアドルフ王子の結婚は冗談で言ったんだがなあ……まさか本当にそうなるとはな』
「俺は薔薇の交換を求められた時になんとなくこうなる気がしてたよ」
『相変わらずお前の勘は冴えてるな。で、お前が嫌なら俺の方で断るが、どうする?』
あの冬空色の瞳に帯びた熱が脳裏によぎる。
瞳に浮かぶ熱の意味はどうだっていい、ただあんな風に真剣にラグビーの話を聞いてくれる子ならきっと悪い子じゃない。
「するよ、アドルフ王子と結婚」
俺がそう答えると父は『本当にいいんだな?』と念押ししてくる。
「大丈夫」
『本当の本当にいいんだな?遠慮せず断ってもいいんだぞ?』
「俺、こういう時は自分の勘を信じてるから」
『……分かった。政府内及び王国側にそう通達する』
電話を切ると窓辺には昨日交換した赤い薔薇が咲いている。
パーティーの後、薔薇は捨ててもいいと言われたがもったいなくてなんとなく持ち帰って空の四合瓶に挿してあった。
殺風景な1LDKの社宅、その窓辺を飾る薔薇に俺は小さく「よろしくな」と声をかけた。
*****
正式に結婚が決まると、俺はそのための準備を始めた。
「幸也先輩はラグビーと結婚してると思ってました」
俺にそう言い放ったのはかつてのラグビー部の後輩だった。
「男性の寿退社は珍しいねえ、でも新しくやりたいこと出来たんだろ?おめでとう」
そう言って笑ってくれたのは入社以来世話をしてくれていた上司。
「お前社業に専念してからずっとつまんなさそうだったけど、ちゃんと他に楽しい事見つけてたんじゃねえか!」
そう言ってコーヒーを奢ってくれたのは、隣県のチームに移籍したのにちょこちょこ遊びに来る元同期。
誰もが結婚を祝い、そのために退社する俺の背中を押してくれた。
「にしても結婚して会社辞めるって、辞めた後の予定とか決まってんの?」
遊びに来てくれた元同期にそう聞かれて「相手の仕事手伝う感じになると思う」とごまかしながら答える。
俺とアドルフ王子の結婚は両国からの正式発表まで話さないように父から口止めされているので、ぼんやりした答え方しかできないのがネックだ。
「へえ、嫁さんの家業手伝いとかする感じ?」
「そんな感じ。まあ予定だけどね」
本当は嫁さんじゃない、というか10歳下のイケメン異世界王子なのだが当然言える訳がないのでどうも曖昧なぼかし方になる。
「仕事辞めて嫁さんの実家に入り婿しながら家業の手伝いとか大変そー……」
こいつの頭の中ではサザエさんちのマスオさんポジションになった俺が思い浮かんでいる事だろうが敢えて訂正はしないでおこう。どうせそのうち公にされる話だからその時にちゃんと答えればいい、訂正も面倒だ。
「引っ越し先ってどこらへん?」
「茨城のつくば」
これは既に確定している。
サルドビアと日本をつなぐ道はつくば市内の研究所の敷地内にあり、この度研究所の敷地の一部をサルドビア王国が借り上げてそこを日本との外交拠点とすることが決まっている。
現在は区画の再整理(大使館から研究所の敷地を通らず市内の一般道までアクセスできるように色々工事したらしい)を終えてサルドビア大使館を建設しており、その大使館の敷地の一角にアドルフ王子と俺の暮らす家が作られている。
「つくばかー、行ったことねえなあ」
「俺もまだ数回しか行ってない」
新生活の下見も兼ねて一度見に行ったぐらいで、実はまだ二回しか行ってない事は黙っておく。ギリ嘘じゃないし。
「お前の嫁さんも気になるし、お前の方が落ち着いたら遊び行っていい?」
「検討しとく」
冗談交じりにそう答えると、カフェの隅に暖かい笑い声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます