第6話
結婚退職前の仕事の引き継ぎと引っ越しの準備をする傍らで、時々俺の元には外務省経由でアドルフ王子からの絵葉書が届いた。
大体は見たこともない動植物(たぶん向こうのもの)のスケッチが描かれただけのシンプルなものだったが、俺は別に嫌いではなかった。そもそも文章が添えられてても読めなさそうだから絵だけで良い。
俺は引っ越し準備で出てきた未使用の絵葉書に「いつも絵葉書をありがとう」と書き添えて返事を出した。
そんなことをしているうちに日本政府とサルドビア王国が正式にサルドビア王子・王女と日本人の結婚が発表されることになり、俺は初めて王者の婚約者と会うことになった。
「
ルビーというなかなかキラキラした名前をしたポニーテールの少女は名門女子校のセーラー服に身を包み、緊張の面持ちで直角になるまで頭を下げた。
「高梁さん、まだ高校生?」
「いま高校3年生で、来年の3月で卒業ですね」
「その歳で結婚ってすごいね」
「元々結婚願望強めだからおじいちゃんに誘われた時にすぐうん!って言っちゃって……まさかこうなるとは思いませんでした」
「俺も」
不思議な運命に振り回されることになった俺と彼女は歳の差をものともせずにすぐ打ち解けることができた。軽い雑談で打ち解けた30分後、俺たちは首相官邸の会見場に立っていた。
サルドビア王国と日本政府両名による会見は国内外を問わずメディアが集まり、会見会場となった首相官邸の一室は満員御礼のお祭り騒ぎとなっていた。
アドルフ王子とアリシア王女は自国での発表を優先してこちらには来なかったが、サルドビア王家代表として王弟陛下が会見に同席する。
王弟陛下とは初対面だったが、プラチナブロンドの長髪から長く捻れた特徴的なツノを生やした男性アイドルのような相貌の美男子であった。日本に生まれてたなら某アイドル事務所にスカウトされて大いに売れっ子となったことだろう。
会見では一番最初に来年春に日本とサルドビアの国交を正式に樹立することが伝えられ、シャッターの音と光が雨霰と降り注ぐ。
「そして、その国交樹立に伴いサルドビア王家第五王子・アドルフと王女・アリシアの配偶者として2人の日本人を迎え入れることとなりました」
王弟殿下の発表と同時に会見場が一気にざわついた。
国交樹立と結婚がセットになってるなど今どき聞くことのない展開だから、記者達も全く想定外だったんだろう。
さらに俺たちの名前が告げられると王女・王子ともに同性の日本人との結婚ということで、さらに場は混乱していく。
(まあいくら同性婚がある国と言っても全く想定してないよなぁ……)
会見場の様子を舞台袖から覗き見ながら俺と高梁さんは苦笑いをこぼした。
そうこうしてるうちに俺と高梁さんが会見場に呼ばれ、簡単に話してくれと割り振られる。
「アドルフ王子の婚約者の何松幸也と申します。不束ながら一国の王子の配偶者として互いに支え合い力を合わせてともに生きてゆき、やがては両国の友好と親善の一助となるよう精進して参りたいと思います」
同じく高梁さんも簡単なスピーチをした後、記者からの質問が飛び交っていく。
結婚の経緯や相手の印象などを問われる中で、若い女性記者からこんな質問が飛んできた。
「この結婚そのものになんらかの政治的な意図はあるのでしょうか」
実際政略結婚というものにあまりいいイメージを持たない人も多いだろうし、もし愛のない結婚ならば世間は俺と高梁さんを悲劇のヒロインにするだろう。
「全くないとは言えません」
俺のその答えに「それなら、」と記者が言葉を継ごうとするのを遮って俺は話を続けていく。
「ですが、少なくともアドルフ王子からはこの結婚に対して前向きな感情を持っているように見受けられます。俺自身もこの結婚に対して前向きな気持ちを持って現在準備を進めています。
国のため自らを犠牲に、という気持ちはさらさらありません。
この人でなければ!というところまではいきませんが、彼となら結婚してもいいかな、そう思えたから今日この場にいます」
それは至って素直な感情の発露だった。
アドルフという青年を愛してはいないが、少なくともそれなりに好ましくは思ってる。だから結婚の申し込みを受け入れたのだ。
その返答に記者はどこか腑に落ちないような面持ちで「ありがとうございました」と言って質問を終わらせた。
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