第4話
「こんにちわ」という柔らかな日本語の響きにつられて振り向いた先には、精悍な顔立ちした美しい王子と、繊細でしなやかな美しい王女が立っていた。
「お話、よろしいですか?」
「是非」
俺は2人に無害さを示すように微笑みを向け、父は2人のために座っていた席を王子と王女に譲った。
先に口を開いたのは王子の方だった。
「さっきの自己紹介の時、聞き取れなかった部分があるんですがお伺いしても?」
「ええ。何でしょう?」
「社会人なんとかチームにいた、と」「ラグビーのことですか」
王女は「やっぱり同じ単語がエラーを起こしてる」と小さく呟く。
「申し訳ありませんが先ほどの、その、らぐびい?についてお伺いしても?」
俺はラグビーについて2人にかいつまんで説明すると王子は感心したように「ほう」と呟き、「それほどの競技ならばきっとみんな健康なのだろうな」と尋ねた。
「本気でやっている人の中には膝や腰を痛める人も多いですが、まあひどく体調を崩す人は少ないですね」
「にゃにぃ松さんは身体を壊したのか」
「何松、です」
「にゃにぃまちゅ、にゃにまつ……?」「にゃにゃ松さんでは?」
美形兄妹がにゃーにゃーと俺の名前を舌足らずに呼ぶのはちょっとかわいい。
(これがギャップ萌えか)
ラグビー部時代のオタク後輩の言っていたワードへの理解を深めたところで、正しく俺の苗字を呼ぶことを諦めた王女が「話を戻しましょうか」と切り替えた。
「体を壊してまでラグビーをしてたのは、どうしてですか?」
「痛くてきつくてしんどいけど、楽しかったんです」
「楽しい?」
「練習で毎日筋トレやタックル練習でぼろ雑巾みたいになってるときはマジで止めようかって思うんです。でも試合で全身全霊賭けて自分よりデカくてゴツい奴にぶつかって相手を止めた時にナイスタックル!って褒められたら、それだけで痛みが吹き飛んでいくらでも走れるような気分になるんです。そのためならいくらでも走って、ぶつかって、倒してもまた走り出せた。
だから身体がボロボロになってもやめられなかった」
見ようによっては自分から人にぶつかりに行くなど馬鹿の極みかもしれない、けれど俺はどうしようもなくラグビーが好きだったから止められなかった。
「……辞めるのはつらくなかったのか」
「つらいですよ。でもこれ以上やると膝の痛みが悪化し過ぎて自力でトイレにも行けなくなるぞって止められまして、それで実際止めたら毎日が退屈で退屈で!」
冗談のようにそう口にすると、王子は俺の方を見た。
「要はラグビーを辞めて暇だから結婚しようと?」
「悪く言えばそんなとこです」
「ラグビーしてるところ、見れるか?」
そう乞われて俺はスマホから現役時代の写真を出す。
今よりちょっと細くて筋肉が多い身体を暗めの水色にピンクの差し色が入ったラグビージャージに身を包み、隣に居るチームメイトへボールを投げ渡す俺がいる。
「引退試合で決勝点ゲットをアシストした時の写真です」
まだ半年ほど前の事なのにもう取り戻せないほど遠い。
スマホに写る過去の俺のラグビーをする姿に、2人はどこか新鮮さを感じているようで食い入るように見つめている。
向こうにはないスポーツのようだし、興味深く見ているのも当然か。
ラグビーの写真や動画をしばらくしげしげと眺めた後、王子は己の胸についていた赤い薔薇の花を手渡した。
「もしよかったら、交換して欲しい」
「交換ですか?」
別にそれぐらいなら、と思ってふとあることに気づく。
俺の胸に刺された白い薔薇は結婚相手候補の目印、その薔薇を交換するという事は何か意味があるのではないか?
一瞬の逡巡ののち、王子の青く澄んだ冬空の瞳にはどこか熱のようなものがある。やっぱり何か特別な意味があるのだろう。
(……まあ、いいか)
俺はこういう時いつも直感に従う、その直感が外れたことは一度だって無い。
「俺の花でよろしければ」
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