密かに、そして静かに、立ち上がる

満月 花

第1話

※この作品には家庭内暴力(DV)、精神的虐待、暴言、暴力行為などの描写が含まれています。

 一部の読者にとって精神的な負担となる可能性がありますので、閲覧にはご注意ください。




白い洗面台に落ちた赤い雫が滲む。


冷たい水で洗い流すと切れた唇の端がひりつく。


ふと見上げた顔が鏡に映る。

……なんて酷い顔。


出会った時は優しげだった彼

なのにいつの日か苛立ちを私にぶつけるようになった。

初めは舌打ち、徐々に強い口調になって

そして、ためらいもなく手をあげてくるようになった。


ありふれた会話をしていると思ったら

声が一段低くなる、空気が重くなる。

それが合図なのだ。

私は胎児のように体を丸めて守るしかない。


様子が変わっていく私に友人が心配する。

別れた方がいいと提案された。

その話を切り出すとまるで自分が被害者あるかのような口調になる。


全て、お前が悪いと。

私を脅しながらも甘い口調で絡めとるように

私の意志を奪っていく。

そして思いに反して泣きながら彼に懺悔する。


誰にも言えない悲しさを小さな手帳に記していく。

穏やかな日、笑い合った日、そして責められた日。

ページをめくる度に、思い出も蘇る。


楽しかった日もあったはずなのに、ポツンと涙が落ちた。


打ち付けられた体の痛みは市販の薬では効かなくて、

こっそりと医院で湿布を処方してもらう。


心配そうに問いかける人に項垂れる。


彼の態度は日に日に増す。

自分の反応で私が怯える。

目線一つ、指先一つの動きで私がビクつくのが面白くて仕方ない。

お願いだからやめてと泣きながら訴える私の顔と縮こまる身体を

笑いながら動画にする楽しみを見つけていた。


隠す手の隙間から見える彼の顔は紅潮して楽しそうだ。

もうどんな理由でもいいのだ、自分が正当化出来るなら

どんな些細なことでも、槍玉に上げて断罪の種にする。

全てはお前の所為だと一言を忘れず。


神様助けて、誰にも言えない私は願う。

この苦しみを、この地獄をどうしたら終わらせられるの?


このままでは命すら危ない。

でも逃げれば、私の大事な人にも被害が及ぶような示唆さえされる。

逃げたい、逃げたい。

一生、彼から、もう2度と会う事ないように。


地獄の日は続く、もうそれは当たり前の日常化していて。

物音に気づいて様子を見に来る人、注意をする人も

彼はぞんざいに、あしらう。

外出する時、近所の人が何か言いたげに見てくる。

内緒で通報しようか?と言ってくれる。

でも、もしこの人達にも被害が及んだら、と思うと頼ることはできない。


すでに私たちの日常は知れ渡っていた。


とうとう耐え切れず、私は警察を呼んだ。

ボロボロになった身体を抱きしめながら

お願い、助けて、このままでは殺されてしまう。

隠れて泣きながら訴えた。

彼の私を探す大声が響く


見つかり引きづり出される私に再度手をあげようとする

その時

サイレンの音が近づてきた。


ーーこれは何かの間違い、よくある戯れだと、大したことない!

私に同意を求めるような視線、まだ愛されていると思い込んでる。


婦警に守られるように抱えられる私は目を逸らした。


ガシャガシャと手錠のかかった腕をを振り回してながら

覚えてろよ、直ぐに帰ってくるからな!

罵倒しながら頭を押さえつけられ車に押し込まれる。


なおも窓ガラスを叩いて無様に訴えてる。

もはやグチャグチャな顔。


冷ややかな周囲に見守れながら、パトカーは走り去った。




でも、無理よ。

証拠は十分あるの。

私があなたから逃げようと思った時から

どうしたらあなたの手が届かないようになるだろうと。

痛む体を抱えながら機会を探っていたの。


手帳にあなたからの暴力を記録し続けてきた。

病院で診断書ももらっていた。

そしてあなたが撮った動画、私の携帯に転送してる。

酔って寝たら起きないあなただから、認証解除は簡単。


それを全て裁判で提出する。

ちょっとした恋人同士の痴話喧嘩の延長って言い訳

どこまで信じてもらえるかしら。




今度は、あなたが地獄を見る番。

理不尽に責められ、無力に叩き伏せられる苦しみを、

どうか味わってね。


私はあなたを忘れて絶対に幸せになる。


だって神様がくれた不幸の数と幸せの数が同じなら

これから私は幸せしか残ってないはず。




深呼吸を一つ、

そして見上げた空は青く澄んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

密かに、そして静かに、立ち上がる 満月 花 @aoihanastory

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ