第4話 オー・プリティ・ウーマン

 大統領は少し観念したようなタメ息をついてから指示を発した。


「まぁ、いい。君の好きなように入れてくれ」


 ――――君の好きなように入れてくれ。

 好きなように入れてくれ。

 好きなように――――好きなように――――好きなように――――入れてくれ。



 い、いかん!

 今、手に持った座薬を投げ捨て、ベルト引きちぎってスラックスを下ろした弾みで、私のエルヴィス・プレスリーを大統領のケツにブチかますところだった!?


 危うく明日の朝刊の見出しが『大統領、昨晩はア・ビッグ・ハンク・オー・ラブ(恋の大穴)はロックンロール』となるところだった。


「大統領。やはり疲れの影響なのか、筋肉が硬いようです。少しほぐす為に尻を振ってもらってよろしいでしょうか?」


「ん? 尻を……振る?」


「はい。左右に振ってみて下さい」


「あぁ……こうか?」


 大統領が左右に尻を振ると、まるで新鮮な桃がプルプルと揺れているような破壊力を見せた。

 大統領はその効果を確かめる。


「どうだろうか?」


 ――――――――――――イッツ、プリティ!


 違う違う! 新鮮な桃のような尻に見惚れている場合ではない。


 チクショウ!!?

 このケツは、どれだけ私の理性をかき乱せば気が済むのだ?

 こんな魅力溢れるケツなんて消えてしまえばいいのに!


 私は言葉を慎重に選んだ。


「新鮮な――――筋肉の緊張がほぐれたようですね。効果はありました」


 気分が高揚した私は口ずさむことを抑えながら、脳内である曲を再生した。


 アメリカが誇るミュージシャン、ロイ・オービソンの代表曲『オー・プリティウーマン』


 大統領の話は続く。


「どれだけ恨まれても、中国とロシアの傍若無人をいい加減、治めなければならない。これは国際社会を導く大国アメリカの使命だからね」


「おっしゃる通りです。我がアメリカは類をみない発展を遂げた国家です。我が国が世界のリーダーとなり、平和へ導かねばならない。これは一大ミッションなのです」


「あぁ、わかってくれるか?」


「えぇ」


「そうか……」


「しかし大統領。ノーベル平和賞欲しさに密偵を送り、次の受賞者が誰なのか探ろうとしたのは失敗でした。あろうことか、それが外部に漏れてしまい、今や大統領は世界の笑い者。いいピエロとなっています」


「うぅん……」


 し、しまった。口が過ぎたか!?

 私としたことが敬愛する大統領の機嫌を損ねてしまった。

 何か、何か話題をそらさねば。


「で、ですが大統領。中国には『虎穴《こけつ》にらずんば虎子を得ず』という例え話があります。時に危険へ飛び込まなければ、得られる物はないという意味で使われるのですが、この『虎穴』の『』の部分を『お』に変えて、お考えて下さい」


「虎穴を『お』に? お……おー……」


「『おケツに入らずんば虎子を得ず』つまり、自ら尻の穴に飛び込むことで、あえて笑い者なる。これにより、世界は貴方に注目する。そんな奇行に走ることで、ノーベル平和賞を欲しているということが全世界に知られる。それは何を意味するのか? 貴方が世界平和を本気で目指しているということの証明になるわけです」


 わ、私は何を喋っているのだ?

 パニックにおちいり自分が何を言っているかわからなかった。

 ずっとケツの話しかしていないではないか!?

 大統領のケツばかり見ていたせいで脳がしり化している!?


 これでは益々、大統領の怒りを買ってしまう。

 こんな駄弁で誤魔化せるはずが……。


「なるほどね」


 食い付いた!


「現代で言うところのハイリスク・ハイリターン……『哲学』ならぬ『ケツ学』というわけか。非常に考え深い」


 ちょっと何言ってるかわからないが、話題はそらせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る