失敗作

@201005

失敗作


私は東京で生まれた。しかし、私の家は、周りのどの家よりも貧相だった。父はなく、母と妹の三人暮らし。着る服は小さく、体は細かった。だが、私はその暮らしを恥じたことは一度もなかった。母は、満足できるはずのないわずかな食事を、いつも分け隔てなく私たちに与えてくれた。私は、その優しさに触れるたび、いつかこの恩を、国に、そしてこの家族に報いることができると信じていた。

戦争の勢いは、日を追うごとに増していった。毎日のように、焼夷弾が雨のように降り注ぎ、町を焼き尽くしていく。空から堕ちていく焼夷弾は、まるで無数の蛍のように美しく、私はそれを、ただ見つめることしかできなかった。

中学三年になった私は、徴兵の赤紙を受け取った。多くの若者が、その赤紙を手に、国のために命を捧げた。私は、徴兵の年齢が引き下げられたと聞いたが、それはむしろ、私のような若い世代にも、国に貢献する機会が与えられたのだと、誇らしく思った。

赤紙を配りに来た軍の人は、国のために戦うことは光栄なことだと語った。私は、幼い頃から憧れていた、あの空を眺めながら、決意した。私は、この国のために、空を飛ぶのだ。それは、貧しい私に与えられた、これ以上ない栄誉だった。

そして、その日が来た。私が搭乗するのは、桜花。それは、陸軍の大型機、一式陸攻に吊るされ、空へと運ばれる。私は、陸軍の精鋭たちの下で、自分の使命を全うできることを光栄に思った。桜花は、私の意志を必要としない。母機から切り離され、ロケットエンジンの推力だけで敵艦に突入する。その設計は、まさに日本の技術の粋を集めたものだった。余計なものを一切排除し、ただ一つの目的、敵艦を撃破することに特化していた。

発射の瞬間、轟音とともに私は母機から解き放たれた。ロケットエンジンの推力が、私の体をシートに押し付ける。私は、ただ、前方の一点を見つめた。敵艦の影が、どんどん大きくなっていく。

しかし、その瞬間、私の桜花は、突如として制御を失った。機体は、私の意志とは無関係に、くるくると回転を始めたのだ。どうやら、ロケットエンジンの噴射口の一つに不具合があったらしい。

私は、そのまま海に不時着した。機体は大破したが、私は奇跡的に生還した。意識が戻ると、私は救護兵に抱えられていた。

母艦に戻ると、私は多くの人々に囲まれた。彼らは私を「生還した英雄」と称えた。私の失敗を知る者は誰もいなかった。私は、彼らの称賛に応えようと、力なく微笑んだ。

私の心は、空っぽだった。私は、国のために散ることさえ叶わなかった。私は、英雄ではなかった。ただの「失敗作」として、この戦場に生き残ってしまったのだ。

夜空を見上げても、空は私に何も語りかけなかった。ただ、あの夜、焼夷弾が堕ちていったときのように、無慈悲に、そして無関心に、私を見つめているだけだった。

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