もうじき飽きがくる

@xiee

文句の多い転生者

雲の大地を踏みしめ、虹の橋を渡る。

深紅のカーペットが敷かれた天の階段。その遥か果てに見える黄金の大扉を目指す。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

その荘厳な扉を開くと、見知らぬ有翼の女性に恭しく出迎えられる。

中は絵に描いた宮殿のようだった。白磁のような石の床に、よく映えた原色のタペストリ。金銀装飾が施されたインテリアは、不思議と微塵も卑しさを感じさせない。


「お掛けください」

玉座のように豪奢な椅子に導かれ、遠慮がちに腰をおろす。

「失礼します……あの、すみません。これは、僕が“天に召された”ってことでいいんですかね」

「ええ、その認識で相違ございません」

「あーッと、そのカタい口調をやめて頂けると助かります。お仕事なのは分かるんですが、僕ちょっと学がないもので、はは」

「……お望みとあらば」

「ありがとうございます。あの、多分ご存じだとは思いますが、僕は田中進退っていいます」

「ええ、存じ上げて……知っています、でいいですか?」

「最高です。えっと、貴女のお名前をお伺いしても?」

「人間のような名はありませんが、“転生の女神”、と呼ばれています」

「テンセイの女神?」

「はい」

「あっ、ごめんなさい。いきなり呼び捨ててしまって」

「いいえ、お好きにお呼びください」

「じゃ、あなたは女神様、なんですか?天性の」

「はい。転生の」

「天性の」

「はい。貴方の元いた世界から別の世界へ生まれ変わらせる役を任されています」

「別の世界へ生まれ変わらせる」

「はい。生まれ変わらせます」

「あ、輪廻転生の転生そっちの転生ね。仏教的な」

「その認識では少々誤解があります。貴方にはこれから、“貴方の記憶も自我も保ったまま”新たな世界へ旅立っていただきます」

「えぇ!?どういうメカニズムで、ですか?」

「メカニズム」

「いや……天国で女神様に言うのもアレか」

「そう、ですね。難しく考えずに、ただ職場の配属先が決まるようなものだと思っていただければ」

「そんなもんなんですね」

「はい。続けてもよろしいですか?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと遮ってしまって」

「では早速、転生するにあたって貴方には“スキル”を選んでいただきます。うち、貴方が選択可能な━━」

「ちょ、ちょっと待ってください。“スキル”って何ですか?」

「あら、ご存じありませんでしたか」

「まあ、そうですね。いや、言葉の意味は分かりますよ。Excel検定とかね?」

「あー、大体似たようなものですよ」

「本当ですかそれ?」

「コホン……こちらが貴方の選択可能なスキルのリストです」


~Skill List~

『悪運』

『医学』

『遠視』

『吸収』

『強欲』

『采配』

『飼育』

『支援』

……

ずらりと並んだ二字熟語。


「あの、女神様。スキルって何ですか?」

「ですからその、えくせる検定みたいなものです」

「いや絶対違うから」

「分からなくてもいいので、とりあえず選んでください」

「僕は良くないですよ!?」

「こちらは仕事ですので」

「役所かよ……」

「選びましたね?」

「あーもう、『医学』とかにしとくか……」

「結構です。では“ステータス”を確認して、準備が良ければこちらにサインを━━」

「ステータス」

「絶対ツッコまれると思いました」

「よく分かってるじゃないですか」

「端的に言えば、ステータスとは自分の能力を数値化したものです」

「あ、こっちは教えてくれるんだ」

「分かりやすい観念ですから」


~States~


「ちょっと、誤字ってますやん」

「はい?」

「ステイツやねこれ」

「……本当だ。今までこれで何人も送ってきたのに、よく気付かれましたね」

「いや、まあ僕はこれでも英検3級スキル持ってたんで」

「……w。直しときますね」

「え、今のなに?」


~Status~

Lv:1

STR:12

POW:13

DEX:12

AGI:11

INT:9

EDU:10

……

Average:12


「はいはい、なるほど」

「これの見方は分かるんですか?」

「ええ、テーブルトークRPG系のやつですね。そんなに詳しくはないですけど。……懐かしいなぁ。友達とちょっとやってたんですよ。でも中々みんなで時間取るのが難しくなっちゃって。やんなくなっちゃいました」

「へぇ」

「興味ないみたいですけどね」

「いや、すみません」

「ま、いいですよ。ノスタルジックな気持ちになれましたし」

「じゃあ、質問とかはないですか?」

「あ、1つだけいいですか?」

「どうぞ」

「このステータスって、どういう原理で決まってるんですか?」

「先の人生を見て、私が決めています」

「あ、そうなんだ。TRPGだとサイコロとかで決めるんですけど、もうそういうのは一切なく?」

「はい」

「……じゃあ、この明らかに低いINT知性の程度EDU教育の程度はどういうつもりなんやろか?」

「2つ目の質問は許可してません。速やかにサインをお願いします」

女神が指を鳴らすと、突然キューピッドのような姿をした奴らが現れ、抱きつくようにして僕の両腕を拘束してきた。

「うわ、離せ!なんやこいつら!」

「さぁ……さっさとサインを……するんだ!」

女神が迫る。

「クソ、卑怯やぞ!!」

振りほどこうにも、両腕はピクリとも動かない。

「フフフ、お手伝いして差し上げましょう」

そう言って女神が僕の指をこじ開け、ペンを握らせてきた。

もうなりふり構わずといった様子だ。

「分かった!参った!参ったから離してくれ!」

「……二度と私に逆らわへん?」

「逆らわへんから!」

たまらず白旗を上げると、キューピッドたちは光の粒となって消えていった。

「ほな……コホン、では、改めて。自らの意思でサインをお願いします」

署名欄のある紙を押し付けるようにして手渡してきた。

「クソ、何が女神やねん」

なんか知らんけど関西弁話せるし。どんな世界観やねん。

「ていうかさぁ。TRPG分かる人間が“スキル”分からんなんてことあるわけないやんな?バリ腹立つねんけど」

「もう本性隠さんくなってきたな」

「その辺どうなん?」

「いやそういうフリとかじゃなく、分からんかったけど。今は“初期技能”みたいなもんっていう認識にはなったけど、説明なく出していい単語やとは思わへんな」

先ほどのリストをもう一度見返す。

「てかやっぱり今も分かってへんわ。『吸収』って何やねん」

「割と人気のスキルやで」

「知らんわ……」

じっと見つめてくる女神の圧に負け、ついに署名欄に名前を書いてしまう。

「ご協力感謝いたします」

「もうそのキャラ付け要らんて」

「やかましいなあ」

「それでええねん」

「こんなスムーズにいかん人、初めてやわ」

女神がボソッと呟く。

「……ほんまに?普通皆は分かるもんなんか?」

「転生のメカニズムがどうとかいちいち言ってくるような人、居らんよ?」

「これでも結構、色んな疑問を飲み込んでんねんけどな」

「例えば?」

「例えば、か。女神様は今当然のように日本語を喋ってるけど、日本の神様っぽくはないやん?」

「もー、だるいて」

自分から訊いておいてこの反応である。

「気になるやんか。神様や死後の世界の解釈やらで何世紀も殺し合ってきたくらい、地上ではホットな話題やねんで」

「私はそういうのじゃないの。誰かに願われて生まれた、新参の概念なの」

「え、普通にその話詳しく聞きたいけど」

「私のバックボーンなんて誰も興味ないねんて。もういい?送って」

「それに、此処はどこなん?めちゃくちゃ“天国っぽい”、綺麗なところやけど。これも誰かがそう願ったん?」

「それは、……いや、何でもない」

?」

「聞かなかったことにしてよ、無粋やわ」

「そうケチケチせんでや」

「やかましいわあほんまに。もう送ってまお」

「ちょ、待ちぃや」

「もー、いい加減ウザいて」



「……そか。それはごめんな」


「うだうだ言うてるけど、結局行きたくないだけなんやろ?」


「……せやで。なんや、分かっとるやん。いや“スキル”のくだりはほんまに意味分からんかったけどな」


「私はな?あんたみたいな人らがまた生きてみたくなるような、ちょっとはマシな世界を用意してあげてるねん━━」




突然、視界にノイズが走る。


あれだけの階段を上っても重さを感じなかった身体が急に熱を帯び、頭が割れるように痛み始めた。


頭を抱え、声にならない呻き声をあげる。


そして、指の隙間からほんの僅かの間、姿が映った。




辺り一面、赤い泥に塗れていた。それは、絶えず沸騰しているように大きな泡を弾けさせている。


泥のなかには人がひしめいており、水面へ上ろうと押し合いへし合い波を立てていた。


形容しがたい化け物たちがその上を歩き、気まぐれに何人か見繕って抱え上げると、各々のやり方で責め苦を与える。

身を少しずつ齧ってみたり。

身を少しずつ毟ってみたり。


また、遠く火の手の止まない陸地には、

針山に押し付けられた人。

熱された鉄の釜に焼き付いた人。

その釜の中からも、救いを求める無数の灼けた腕が見え隠れしている。


そこでは皆が皆、一様に叫んでいた。

『死なせてくれ』

『終わらせてくれ』



そこは“地獄”だった。





幸い、そのおぞましい景色はすぐ蜃気楼のように消え去り、また元の楽園に意識が戻ってくる。




「……ごめん、やろ」

そういう彼女はを見てしまった僕よりずっと、苦々しい顔をしていた。


わざとじゃない、という主張だろう。

僕もそれを疑いはしない。


僕をこの“楽園”に導いた彼女が、そんなことをするはずがない。


それは、目の前の女神様が何をしようとしているかを理解したからこその確信だった。


「……気にせんでくれ。で、僕はその新しい世界とやらで何をすればいいんや?今度は何を望まれてる?」


「あのな、自分で考えんねん、そんなことは」


「はは、だる過ぎな」


「でも、必死に生きてみれば、何か掴めるかもしれへんよ」


深い慈愛に満ちた声だった。


「……はぁ~。分かった、分かった。……いいよ、覚悟できた」


「ん。頑張りや」


「ありがとう」


「あんなんが見えちゃったのはごめんやで」


本当に申し訳なさそうに言う。


「気にすんなって。……なんなら見せたった方がええよ。いい薬になるわ」


「でも、嫌やんか」


「……優しいなぁ、ほんまに」


そこで会話は途切れた。


女神様が何やら呪文を唱え始め、意識が遠のいていくのを感じる。





あーあ、折角死ねたのになぁ。



ま、でもあの地獄行きは嫌やし。


女神様も応援してくれたしな。



しゃーない、今度くらい、頑張って生きたるわ。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





「“医学”スキル受験の方ぁ~」



あっ、ほんまにそういう感じやったんや。



~Fin~

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