第3話 種まき

最初の異変は、父・拓馬の職場で起きた。


 誰かが、彼の過去を密告するような投書を送りつけた。

 「未成年への暴行歴がある」「暴力団との繋がりがあった」——証拠写真も一緒に封筒に入っていた。

 それは、昔の仲間と撮った写真を密かにスキャンしたものだった。


 拓馬はもちろん否定した。けれど、会社は「内部調査のため」として彼を自宅待機にした。

 社会の中での居場所が、少しずつ削れていく。


 次に、母・美沙。


 彼女が通っていたパート先にも、ある日匿名で電話がかかってきた。


 「御社で働いている美沙という女性は、家庭内暴力の加害者です」

 「過去に子どもにタバコの火を押し付けたと聞いています」

 「周囲の安全のため、確認を」


 不安と苛立ちが母の中で膨らみ始めた。

 職場の空気も冷たくなった。視線が突き刺さるようになった。


 次に仕込んだのは、「音」。


 深夜、両親の家の外から、小さく音を鳴らした。

 風で揺れるように鳴る鈴の音。壁にコツコツと当たる小石。

 目に見えない不安が、じわじわと彼らの中に侵入していく。


 翌朝、母は「最近誰かに見られてる気がする」と呟いた。

 父は「気のせいだろ」と吐き捨てたが、夜中に何度もカーテンを開け閉めする姿があった。


 それでも、大は姿を現さない。

 接触しない。言葉も交わさない。ただ、少しずつ、彼らの生活を侵食していく。


 仕込みはまだ始まったばかり。

 追い詰めて、弱らせて、支えをすべて奪ったそのとき——やっと、大は姿を現すつもりだった。


 復讐は、感情じゃない。

 儀式だ。時間をかけ、心を潰し、体を壊し、最後に終わらせるための。

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