第2話 計画

魁の葬式が終わった夜、大はひとり台所の隅に座っていた。

 薄暗い電球の下で、テーブルには兄の遺影と線香。煙が静かに昇っていくのを、大はじっと見つめていた。


 その隣の部屋では、両親が酒を飲みながら笑っている。

 「保険金、思ったより入ったね」

 「な? あいつほんと使えたじゃん」


 笑い声が、ナイフより冷たかった。


 その夜、大は初めて包丁を握った。

 父と母の部屋の前まで歩き、扉に手をかけた。


 だが、開けなかった。


 「まだだ」

 そう思った。衝動で終わらせるなら、それはただの逃げだ。


 魁の死を、ただの“出来事”にはさせない。

 あいつらの人生ごと壊す。心ごと、体ごと。

 それが、俺が生きる理由になった。


 十六歳になった春、大は高校に進学しなかった。

 勉強はできた。けれど、必要ないと思った。今の社会の中で上を目指す意味がなかった。


 代わりに、毎日筋トレと読書を繰り返した。図書館で心理学や人体の構造、犯罪の裁判例まで読み漁った。

 格闘技ジムにも通い始めた。最初は金もなかったが、雑用として雇ってもらい、時間外に教えてもらうようになった。


 夜は、父と母の行動パターンを記録した。

 起きる時間、出かける時間、飲酒の量、暴力のスイッチ——全部メモにして、まとめた。


 そして何より、自分の“感情”を殺した。


 憎しみがあると、手が震える。

 怒りがあると、判断が鈍る。

 だから、感情は一旦しまった。計画を冷静に遂行するために。


 感情は、復讐を完了したその瞬間まで、封印する。


 3年が過ぎた。


 大は19歳になっていた。身体は鍛え上げられ、表情は無機質なほど整っていた。

 目の奥には、かつての優しさも、涙も、もうなかった。


 そして——その日が、近づいていた。

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