第5話 デレデレな義妹とお別れ

 スイの猛攻があった昼休憩をなんとか切り抜け、意気消沈しながら授業を受けた。

 スイはちゃんと授業を受けているのだろうか? あの様子が続いたらまずいだろうし、勉強を教えるか。


「お兄ちゃん! 帰ろっ」

「ああ、そうだな」


 授業が全て終わり、帰りのホームルームが終わるとほぼ同時にスイが俺の教室にやってきた。

 どんなスピードを出してきたんだ? 廊下交通違反の切符を切られるなよ、妹よ。


 彼女の声に相槌をしてバッグを持ったのだが、「ちょっと待て」とクラスメイトたちから声を掛けられる。

 うむ、これはまずいッ! 俺を捕まえて尋問してあんなことやこんなことをするつもりの目だ。ならば……逃げるが勝ち‼


「行くぞスイ‼」

「へぁっ⁉」


 ひょいっとスイを軽々と抱きかかえ、廊下を全力疾走し始める。

 俺は運動神経がいい方だし、軽すぎなくらいのスイを持ち上げて走るのなんてお茶の子さいさいだ。


 怨嗟が飛び交う中を走り抜け、なんとか追跡者ハンター共から逃げきることができた。


「ふぅ……なんとかなったな。……あれ、スイ? 顔抑えて何してるんだ?」


 顔を向けると、そこには両手で顔を隠しているスイの姿があった。耳は真っ赤で、指の隙間からは湯気が出ている。

 何か小声でブツブツ呟いているが、なんなんだろう……。


「……か……ぎ……」

「え? なんて?」

「お、お兄ちゃんがかっこよすぎて……ほんとにむりぃぃ……♡♡♡」

「は……?」


 いつの間に攻守交替していたのか。スイのあのにやにやとした表情はなく、全力で照れて顔を真っ赤にしていた。

 そんな彼女の顔を見て、こっちも照れてしまう。顔に熱が溜まる感覚がし、ユデダコもびっくりな赤色になっているだろう。

 なんなんだこの生き物は! めちゃくちゃ――


「――可愛いな……」

「へっ⁉⁉」

「はッ⁉ な、なんでもな――」


 なんでもない。漏れ出てしまったその言葉はもはや意味をなさず、瞠目したスイの頭からボフンッと何かが爆発する音が聞こえた。

 つ、つい本音が出てしまった! 流石にありきたりでキモがられないか?

 そんな心配があったのだが、どうやら杞憂だったみたいだ。


「うへへへへへっへへ♡♡ もっかい言ってもっかい‼」


 だらしない顔になりながら、おねだりをしてくる。


「あー……カワイイカワイイ」

「心が籠ってないんだけど! ねえお兄ちゃ~ん」

「カワイーカワイーマジラブリー」

「もっと愛情マシマシで言え~~‼」


 帰路、俺は可愛いbotになってスイに満足してもらった。



  #  #  #



 スイは帰宅後でもお構いなしにべったりと俺に引っ付いてきて、風呂まで入ろうとする始末だ。

 流石に兄妹とはいえ義理。この年にもなって一緒に風呂は問題大アリだ。


「さて……今日は色々あって疲れた。もう寝るか」


 ベッドに転がり、今日のことを思い出す。

 実は俺のこと大好きだったなんて思わなかったなぁ。今までのあのツンケンな態度が信じられないぜ……。


 そんなことに思いを馳せながら天井を眺めていると、突然俺の部屋の扉が開く。


「お兄ちゃん! 一緒に寝よ!」

「……昨日のは事故だったわけで、普段から寝ようってわけじゃあ」

「おっ邪魔しま~~す♡」

「あ、侵入された!」


 有無を言わさずといった具合で、運動神経が悪かったと思わせないほど俊敏な動きで布団に侵入された。

 まあ、嫌な気はしない。何とも微笑ましい兄妹の光景なのだろう……。


「このまま朝までお兄ちゃんのエッチな本の内容しちゃう?」


 前言撤回。全く微笑ましくない、爛れた光景になってしまう。


「追い出されたいという意思表示ってわけか」

「冗談だってじょーだん! ほんとに抱き枕にしてもらうだけでいいから‼」

「抱き枕にするのもまあまあ良くない気がするけどな……。まあいっか」


 アラームをセットし、俺もかけ布団にもぐる。もうすぐ夏がやってくるとはいえ、まだ夜は少しばかり肌寒い。

 ちなみに抱き枕のポチコロワン田はスイから追放さてて床だ。すまんな、寒いだろうに……。

 スイはかけ布団の中で俺に抱きついて柔らかいものを当て、俺の胸に顔をうずめている。微かに香ってくるシャンプーの匂いは同じはずだが、なぜいい香りだと感じるのだろうか。


「ねえお兄ちゃん」

「んー? なんだ?」

「愚問だと思うけどさ、今の私と昨日までの私だったらどっちが好き?」

「……本当に愚問だな。答えるほどでもない」


 そんな答えは決まっている。

 今のスイは勉強ができないが、俺のことを好いて素直な明るい子だ。対して昨日までのスイ……否、ケイは優等生だがツンケンした態度で、俺に当たることもある気難しい子。

 再三言うが、答えるまでもない。


。俺に対してデレデレでもツンケンしてても、スイでもケイでも、どっちも大事な俺の妹だ。どちらかがいいじゃなくて、どちらも愛してこその〝兄〟だからな」

「…………。あはは、そうだよね。お兄ちゃんならそう言うと思ってた。だからこそ好きで、やるせない……」

「……スイ?」


 スイは胸を撫でおろして安心したようにも、落胆して鼻白むようにも見える、混ざった表情だった。


「お兄ちゃん。今日起こったこと、明日の私には何も言わないでね?」

「? どういう意味だ?」

「いいから! ほら、もう寝よ」

「あ、ああ……?」


 強引に話を終わらせられた気がするが、どういう意味だ? うーむ、考えてもよくわからん。

 てっきり緊張して眠れないかと思っていたが、取り越し苦労だったみたいだ。眠気が襲ってきた。


「お兄ちゃん」

「んー……?」

「大好きだよ」

「ん……」

「バイバイ」

「…………すー……すー……」


 意識が亡くなる直前、俺の頬に何かが当たる感覚がした。

 一体何だったのか、それはスイしか知らないだろう。



  #  #  #



 ――ピピピピッ。ピピピピッ。

 スマホからのアラームが、部屋に鳴り響く。


「う~~ん……今日は消えないのな……」


 もぞもぞと手を動かし、スマホの画面をタップしてアラームを止める。

 目蓋の裏で目玉をごろごろ転がし、ようやく光を取り入れた。隣には、いつの間にやら抱き枕のポチコロワン田がいる。


「……スイ? もう起きたのかな……」


 確か昨日はスイと同衾したはずだが、隣にはいない。もうすでに起きて朝食でも食べてるのか?

 寝ぼけた脳は冴え渡っていたらしく、その予想は的中していた。リビングの椅子に座りながら、朝食のトーストを頬張っているスイがいた。


「ふわぁ……おはようスイ。今朝は起こしてくれなかったんだな」

「……は? 何言っているんですか

「え……?」


 あれ、なんかおかしいぞ。いや、昨日もおかしかったけど、今日も違和感がある。

 昨日のスイは着崩した制服だったが、今日はきちんと着ている。ポニーテールではなくハーフアップの髪だし、呼び方が「お兄ちゃん」から「兄さん」って呼び方になってる⁉


「しかも、数年寄り添った妹の名前を間違えるなんて。脳みそが耳垢にでもなって零れ落ちたんですか? 最低です兄さん、死んでください。ごちそうさま」

「で、デレデレだったスイがツンケンのーーッ⁉」


 デレデレな義妹は、一日で姿を消してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツンケンな義妹を間違えて抱き枕にしたらデレデレなブラコンになった件。と思ってまた抱き枕にしたらツンデレ義妹になったんだが? 海夏世もみじ @Fut1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ