shino's novel 企画参加25.08.18

shino

彼女の淀みなど

 私は父親から性的虐待を受けていた。

 比較的新しめのアパートに2人で暮らしていた。母は父からの度重なる暴力に耐えかね、当時まだ中学生だった私を残して数年前に離婚届だけ置いて夜逃げした。その所為で父の矛先が私だけに向けられたから、そこからはより一層酷く辛い毎日だった。虐待後は、殴られてもいないのに特に頭痛が激しかった。


 そんな真っ暗闇から救ってくれたのが、幼馴染の男の子だった。

 彼はアパートの隣の一軒家で暮らしていて、小学生の頃から知っていた。仕事で父の帰りが遅い時などは、たまに夕飯をご馳走になったりして……。とても温かな家族だった。私とは正反対で、とても眩しかったのを覚えている。虐待を受けていることは黙っていた。こんな家族には、1点の淀みもあってはいけないから。父も父で外面は良く、服で隠れる部分は傷つけないように虐待していたから、バレることは無かった。


 ある日その男の子が、私のヘアピンを届けに来てくれたことがあった。その日、私はたまたまヘアピンを彼の家に忘れていた。気づいた彼が届けてくれた。チャイムが鳴るが、虐待中に父が出ることは無い。虐待する時には部屋の電気のほとんどを消しているので居留守を装えるからだ。しかしこの日、彼はたまたま扉の鍵が開いていることに気づいた。この日、父はたまたま扉の鍵を掛け忘れていたのだ。

 偶然が重なって、彼は父が私のYシャツを引きちぎって覆い被さっている光景を目の当たりにした。父の焦った仕草と、彼の愕然とした表情が私の眼前に映った。


 ――そこからの記憶はあまり無い。

 気づけば、私は隅っこで頭痛や嘔吐感に耐えながら震えていた。経緯は分からないが、彼はキッチンシンクに洗わずに置かれていたマグカップを手に取って、父に馬乗りになって何度も何度も頭や顔を殴打していたらしかった。

 父はもう動かなかった。彼も息絶え絶えで、絶望の淵に立たされている様な表情でいた。

「ごめんね」

 彼は血を被った様相で私に謝った。

 唯一父が点けていた明かりとなっていたテレビにはCMが映っていて、楽し気な雰囲気のコマーシャルソングが流れていた。


 その後、彼は警察に自首した。深夜に灯る赤いランプに野次馬が寄せられる中で、血みどろの彼は手錠をかけられて誘導されていた。

「私もごめんね。……待ってるから」

 私の震えた声に彼は応えないまま、パトカーに連れられて私の前から姿を消した。



 ――裁判に顔を出していた彼の両親によれば、刑期はわずか4年とのことだった。事情が事情なだけに、情状酌量が認められた結果だった。

 4年ぐらい全然待てる。高校卒業後、パートで食い繋いでいた私はそう思っていた。


「余命6ヶ月です」


 余命宣告されたのは、それから2年後の事だった。ただの頭痛と思っていたのはくも膜下出血とのことだった。

 せめて、せめてあと1年半! 彼が刑務所を出るその時まで、もって私の身体! そう祈るばかりだった。彼の両親が泣いてくれている。なんて優しいのか。ごめんなさい、1点どころじゃない淀みを与えてしまいました。ごめんなさい。でも、せめて――。





 ――僕が出所した時、出迎えてくれたのは父と母だった。

 そして僕が刑務所に入れられていてからの彼女の半生を聞いたのは、翌日の事だった。






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